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倍速視聴に関しては普段しないこともあり、案外深く考えたことがなかった。映画のセリフ等をチェックするのに使うことはあっても、全体を倍速で観ないのは私の習慣でしかない。なので、「倍速で観た時」と「普通に観た時」を比べるのにはちょっと興味が湧いた。そこで早速、ブラッド・ピットとジョージ・クルーニーのW主演作『ウルフズ』で試してみることに。

Apple Original Films『ウルフズ』
ホテルの一室で起きた事件を片づけるため、ふたりのプロ(ジョージ・クルーニー&ブラッド・ピット)が呼ばれる。その単純な仕事が一夜のうちにN.Y.の裏側を暴くことに。あらゆる細部がギャグとして設定された一作。Apple TV+にて好評配信中。
監督・脚本/ジョン・ワッツ 出演/ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピットほか
画像提供:Apple
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『コップ・カー』(2015)以来、『スパイダーマン』シリーズで手一杯だったジョン・ワッツ監督が、ひさびさにフランチャイズじゃない映画を撮るので楽しみだった一作だ。なのに劇場公開が中止になった後、配信でいつでも観られると思って「積ん読」状態になっていた。加えて、この監督の映画だったらテンポのよさや細かい伏線が期待できるし、倍速視聴での違いも感じられそう、と思ったのだ。
まずは1.5倍速でスタート。NYの夜、豪華ホテルの一室。そこで起きた不祥事を片づけるため、フィクサーがダブルブッキングされる。相棒を持たない一匹狼のふたりが鉢合わせ―そんな冒頭から、ブラピとクルーニーが本人たちも吹き出しそうな掛け合いを見せ、ギャグの連発。夜が更けるにつれ、違う犯罪グループが現れて利害関係がわかりにくくなる。まあ、それは倍速でなくても、犯罪ものやスパイものを観る時の自分の弱点でもある。
というわけで、ラストが100%理解できているか不安だったので、そのまま通常視聴に突入。当然2度目のほうが映像そのものをゆっくり楽しめるし、気づかなかったことに気づくので、全然退屈はしない。特に細かいギャグに関しては「あ、ここは拾いきれてなかった」というのが多かった。いくつか具体的に挙げてみよう。
①中盤のアクションシーン。ここは緩急がキモで、超スローモーションが映像のギャグとしてフィーチャーされている。それ自体は倍速視聴でもわかっていたが、堪能できていなかった。
②どんなに緊迫した場面でもクルーニーが自分の車に乗ってキーを回すたび、カーステからシャーデーの流麗な曲が流れだす。その音楽ネタの効果が倍速だと薄い。
③全体を通して「何度言っても相手に流される」セリフがあり、それが発言者を代えつつ繰り返される。その会話劇の妙を味わえるのは、やっぱり1・0倍視聴だ。
さすがジョン・ワッツ、最初から最後まで「ギャグは反復によって成立する」という黄金律に忠実。プロットのひねりと伏線がラストのセリフやクルーニーの表情に反映されているのもキャッチできた。大満足!
とまあ、倍速視聴というより2回続けて観たことで、『ウルフズ』のエンタメを満喫したわけだが、1回目だけでも大筋や映画としての強みは十分伝わっていたと思う。たとえば誰かと話題を共有したい時には、それで大丈夫。ただ、自分なりにどこが一番面白かったのか、という深めのアングルを持つには倍速視聴では少し難しい。思うに、映画やドラマを観た後に「何が自分の中に残るか」、それが次の視聴にどう繋がるかで、その経験としての価値は変わってくる。たとえば私自身、実はながら視聴はよくやる。ドラマやシリーズものは特に。するとプロットは大雑把にしか追えなくても、ある場面が印象に残ったり、衣装やインテリアを覚えていたり。そうやって映画やドラマではある意味、観たという事実より、「心に残るシーンがあればもうけもの」なのではないだろうか。自分の中に残る印象こそがさらに大きな映像体験や視点を形作っていくのだから。
とはいえこれだけ作品数があると、短期的なコスパを無視できないのも確か。それに合わせて好きに視聴すればいいだろうし、私も倍速はしないものの、ドラマはやめたくなった時にやめるのが正解だと思う。何を観るかと同じくらい、いまは何を観ないかも重要なのだ。倍速視聴に慣れて、観たものが溜まっていくのなら、それも視聴体験のひとつの形だと思う。
ただ個人的には、どんなに細かい部分でも時間が経った後に残るものが大事だし、「意外なものを覚えていること」も貴重な気がする。『ウルフズ』でも数か月後には主演のふたりより、もうひとりの若者を演じたオースティン・エイブラムスのほうをシャープに覚えているかもしれない。そのくらい彼は主演のふたりを食っていたし、ジョン・ワッツ新作におけるニュースターだった。映画やドラマは点と点ではなく、そうやって観る人によって独自の線ができていくところが醍醐味。その意味で倍速視聴がどんな線を作るのか、それはこれまでとどう違うのか、そこが今後注視すべきトピックになっていくはずだ。
ライター、翻訳者
萩原麻理
ファッション誌、カルチャー誌、音楽誌の編集を経て、ライター、翻訳者。現在『SPUR』誌で映画コラムを連載中。訳書に、『ボビー・ギレスピー自伝』(イースト・プレス)など。最近のおすすめドラマはNetflixの『ブラック・ダヴ』。ベン・ウィショーが相変わらず超キュートです。
文/萩原麻理
Illustration:Naoto Kawashima
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