▼ WPの本文 ▼
以前この連載で、レイ・チャールズの『Ray/レイ』を紹介したことがありましたが、僕、クイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』やジョン・レノンの『イマジン/ジョン・レノン』、エルトン・ジョンの『ロケットマン』など、ミュージシャンの伝記映画が好きで、よく見ていた時期がありました。この『ブルーに生まれついて』もその流れで観て“良かったな”と思った作品です!
『ブルーに生まれついて』
Blu-ray: ¥5,170(税込)DVD: ¥4,180(税込)発売元: ポニーキャニオン
(C)2015 BTB Blue Productions Ltd / BTBB Productions SPV Limited. ALL RIGHTS RESERVED.
旅先で出会ったかっこいいBGMで、
この作品のことを思い出した
先日、海外に行ってレコード屋さんに寄った時に、“メッチャいいな、このアルバム”と思う音楽が店内で流れていたんです。それで店員さんに聞いてみたら、チェット・ベイカーのライブ・アルバムだよって教えてくれて。でも、その店のコレクションだということで、残念ながら買えなかったんです。それで店員さんに勧められるまま、“ライブ繋がり”ということでブエナビスタ・ソシアルクラブのアルバムを買って。さらにお会計時、レジ横に“おススメ盤”としてマイルス・デイヴィスのアルバムが置いてあったので、それも一緒に買いました。
だから日本に帰って来てからも、買えなかったチェット・ベイカーのアルバムを探していたんですよ。それで、この『ブルーに生まれついて』を思い出してもう一度観たら、やっぱりすごくよかったです!
チェット・ベイカーってジャズの有名なトランぺッターで、同時に歌も歌っているんです。声を張らない歌い方というか優しい歌い方で、主演のイーサン・ホークがすごく寄せて演じているので映画で味わうことが出来ます。本作の“音楽”が素晴らしいのはもちろんですが、その演奏シーンがとにかくカッコいい。加えて物語としては、“才能”というものについて深く考えさせられ、感じ入った。それも心に残っています。
地に堕ちたミュージシャンが
血を吐きながら再起をめざす
少々エゲつない、ショッキングな場面も少なくないです。彼がクスリにハマっている描写など、“ウワッ”と驚くシーンもあります。例えば、彼はドラッグの売人に殴られて、歯が折れてひどい怪我を負ってしまう。その怪我でトランペットも吹けなくなってしまうのですが、無理にトランペットを吹こうとして口から血がブブブ~ッと出てくるシーンがあったり。そういうむごいシーンと、人々を魅了する演奏シーンとの対比というか、素晴らしい演奏と、血を流しながら吹く現実のしんどさの対比にもすごく引き込まれました。
序盤の殴られるシーンの前に、女性とデートしていて「あなたってクスリをやってる時、顔を手で触る癖がある」と言われます。それがラストシーンの伏線にもなっていて、最後に“なるほど、そういうことか”ってなりました。彼は有名なジャズプレイヤーですが、“大成功!”みたいな感じでは描かれてはいません。全盛期を極めた後、クスリに溺れてどん底に落ち再起を目指すまでが描かれています。全盛期は、モノクロ映像で少し挿入されているだけ。つまりモノクロは過去の栄光、カラーが今の厳しい現実で、そこがつらいんです。
現実のチェットはクスリに溺れてはいるけれど、演奏シーンになると、やっぱりシビれるほどカッコ良かったです。特に今回、チェット・ベイカー熱が高まっているときに再見したので、余計に“うわ、カッコいいなぁ”となって。しかも旅先で代わりに購入したアルバムがマイルス・デイヴィスだったので、マイルスが登場するシーンでも“おお、これか~”ってなりました(笑)。
チェットが“クスリを止めた”と両親の家に帰るシーンも、すごく印象に残っています。彼のお父さんも、多分ジャズプレイヤーだったんですよね。そんな父親に“女みたいな声で歌うんじゃない!”と言われたり、連れて行った恋人に“とっとと帰れ!”と言ったり、決してチェットを肯定してくれない。あぁ、チェットはこういう環境で育ったんだなって。父親はジャズ奏者として少なくとも一度は成功した息子に、嫉妬もあったんでしょうね。
そんな父親に別れ際、チェットも「僕はお父さんのように(音楽を)止めてない。レコードが売れてるから」と言うんです。そうしたらお父さんは「俺はジャンキーじゃない」とか「家族を犠牲にしない」とか「ベイカー家の名を汚さない」とか言い返して、素直に和解できない(笑)。
その実家の農園でチェットの恋人が「こんな寂しい田舎で何もすることないね」と言い、チェットは「でも自分にはコレ(トランペット)があったから」と返すシーンを観ながら、“最高じゃん!”って思いました(笑)。僕も将来、そんな風に都会から田舎に帰って、トランペットを片手に言ってみたいなって(笑)。
映像も、とてもステキなんです。世界観が色とりどりではなくて白いというか、単調で冷たい感じが特徴的なんです。でも、その情緒が美しくて。冷たい感触の映像とストーリー、そしてチェット・ベイカーの姿が合わさって、総合的に映画全体の雰囲気を作り上げているのが、とても素敵でした。
最高にかっこいいけど
弱くて哀しい天才
チェット・ベイカーという人は、全盛期の後、殴られて奏者として致命傷を負いながら、文字通り血を吐きながらもがいた、そんな演奏人生だっのか、そんな音楽人生だったのか、と。観ている僕らもつらいですが、チェットもつらそうで……。自分がやってきたことで自業自得だと思いつつ、終盤のレコーディングなどでカッコいい姿を見せられてしまうと、つい熱くなってしまいました。
あんなに他人に迷惑を掛けたり面倒を起こしたりしているのに、どうにか救おう、再起させようと周りから人がいなくならないのは、やっぱり人間的な魅力もあったんでしょうね。類まれな才能があってこそですが、それ以上に本人がトランペットにしがみつこうと執着して努力したからだと感じました。街の小さなクラブバーでバカにされても、トランペットが好きで練習を止めなかったのがスゴイ。それなのに、どうしてもクスリが止められない……。
チェットって、決定的に弱い人でもあるんですよね。何かに頼っていないといられない、というか。でも、彼がすぐクスリに手を出してしまう姿を見ながら、全てを否定することはできないなと思いました。クスリは絶対にダメだけど、人間誰しも精神的支柱みたいなものが必要だと思います。その助けを求めるという面で、他に頼れるものがあれば…。でもこれはチェットにしかわからないことですね
少しわかるから余計に、チェット・ベイカーに「クスリをやると1つ1つの音の奥に入り込んでいけるんだ」とか言われると、その彼にしかわからない感覚、それを再び掴みたいと思うんだろうなとか色々考えちゃいました。果たしてラストの復活ライブで、マイルス・デイヴィスも観に来るなどの色んなプレッシャーがある中、彼はどうするのか。秋の夜長に、是非ゆっくりと味わいながら浸って観て欲しい映画です。
最初のシーンとラストシーン、そして後半にあるレコーディングなどの演奏シーンのカッコ良さは、ライティングなどを含め、ワクワク感というかゾクゾクするような感じで、本当に痺れました。それもすべて、やっぱりチェットを演じたイーサン・ホークさんの演技がスゴかったです。
トランペットを吹かなければいけない、歌わなければいけない、という部分もスゴイですが、弱さとカッコ良さの両面性の共存のさせ方というか、それはもう素晴らしいな、と。自分がすがりたいものに寄って行く弱い感じと、トランペットを吹き始める時にピッと変わる、そのカッコ良さ! それをキャラクターとして上手く、とても魅力的に表現されていて、人物として説得力がすごくあって。
全篇の演奏をイーサンさんがされているのかは分からないですが、ものすごく練習されて少なくとも何曲かは吹いているそうですよね。歌も、少なくとも劇中で2曲は実際に歌われているみたいで、すごく色気があるんです。色気ってなんなんでしょうね。破滅してれば出るっていうもんでもないですし(笑)。やっぱりイーサン・ホークという役者がいなかったら、この映画は成立しなかったんだろうなと思わされました
『ブルーに生まれついて』(2015年/97分/アメリカ・カナダ・イギリス)
1950年代のジャズ界で活躍した、トランペット奏者でボーカリストとしても活躍したチェット・ベイカーの半生を描いた伝記映画。50年代のモダンジャズ界で、甘いマスクと優しい歌声で一世を風靡したチェットは、いつしかクスリに溺れていく。彼の伝記映画で妻を演じる予定だった女優の卵との出会いにより、再生しようとするのだが……。主演にイーサン・ホーク。監督は、本作の後、『ストックホルム・ケース』でイーサンと再タッグを組んだカナダ出身のロバート・バドロー。
ドラマの撮影の日々で、映画を観る時間も取れてないですが、時間できたらこれ観たいなぁって作品をたくさん調べ貯めています。
服をオンラインで見たり、レコード調べたり。色んなことを楽しみに、日々頑張るぞ〜という感じです。
「嘘解きレトリック」の昭和初期の舞台を楽しみながら、お芝居しているこの頃です。
是非是非、ドラマみてください〜。
Text:Chizuko Orita
▲ WPの本文 ▲