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10月某日。今日も雨。ここ最近ずっと続いている。せっかく車を手に入れたのに、これだけ雨が続くとさすがに気持ちが平らにならされる。運転するのもおっくうになる。雨の日こそ車は便利なのになー。まぁ結局するんだけど。
次の仕事まで時間ができたので車を止めて、ノートPCを開いて歌詞やメンズノンノの原稿を行ったり来たりする。雨天時の車内はひたすら車体に雨粒が打ちつけられてちょっとうるさい。時々リズムパターンが変わったり変拍子になったり。普段は静かだし、小雨ぐらいのときはまぁまぁ楽しめるけど、強く降られるともう質の悪いマーチングバンドみたいに退屈な音の連打にイライラする。
ふと、ニュースが舞い込んできて、それが耳に目に流れ込む。誰々が自ら命を落としていったニュース。また。か。と、締めつけられはじめる。楽しい話と違って、苦しい話のほうが圧倒的に質量が大きい。直接的に胸に運ばれて、実際本当に呼吸が重くなる。悪天候も相まってより一層そうなる。悪天候とか誰かの悲しい話。一緒くたにはできないけど、自分じゃ手に負えない事柄ってのはもどかしさを通り越して、もはやむなしいよね。こんなときは音楽でも聴こうと思っていろいろ探すけど正直どれもしっくりこない。映画も観る気分じゃない。誰かに会って話したいとも思わなくなる。普段、そのうちのひとつを作っている人間なのに、創作物って究極的には無力だなーと痛感する。
こういうときは外に頼ってもムダだ。ひたすら何もしないで過ごし倒したほうがいい。無。これがつまり喪に服す、ってことなのかもしれない。時々「つらいときはどうしたらいいんですか」という質問をもらって、あーだこーだとさも具体的なアドバイスを伝えたりもするけど、結局人間というのは究極的に苦しいときや悲しいときは何をしても、されてもムダなんだと思い知らされる。特にこういう自分じゃどうにもならないときはね。もうひたすら泣いて、ぼう然として、寝込むほうがいい。とことん悲しむべきなのかもしれない。「ああ、これが悲しいってことなんだ」「なるほど、これが苦しいってことなんだ」って知っていく。それも生きることのひとつに組み込まれているんだよな。あんまり使わないのになって思う家電の付属品みたいにね。
でもその代わりに、もし逆のことが訪れたとしても同じように、思い切り身を任せて味わえばいい。願わくばそれ以上にね。その繰り返しで進んでいくわけだ。
人が決めた人生の終わり方に対しとやかく言うつもりはないけど。やっぱり俺は目の前で死のうとしている人がいたら本能的に止めてしまうだろう。止めた後の責任とかそういうことがよぎる前に。めっちゃ怒られるのかもしれないけどね。
そんなこんなでこれからラジオに行って。帰宅したら猫の水を取り換えて餌をやって。歌詞の続きを書いて。ウーバーイーツでハラミ弁当でも頼んで。また歌詞の続きを書いて。しばらくしたら風呂に入って寝る。
という少し未来のことを一瞬で頭によぎらせていたら、雨はさらに強まっていた。
川上洋平 PLOFILE
ロックバンド[Alexandros]のVo&Gt。来年1月20日(水)に初のベストアルバム『Where’s My History?』の発売が決定。その前日と当日には「[Alexandr
os] 10th ANNIVERSARY LIVE at 国立代々木競技場 第一体育館 "Where’s My Yoyogi?"」を開催する。
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