▼ WPの本文 ▼
大学在学中より映画製作に携わり、27歳のときに『神田川淫乱戦争』(83年)で商業映画デビューを果たす。『CURE』(97年)で国際的に注目を集め、その後も『回路』(00年)、『トウキョウソナタ』(08年)、『岸辺の旅』(14年)、『スパイの妻』(20年)といった作品が、カンヌ国際映画祭やベネチア国際映画祭で賞を受賞するなど、国内外で高い評価を受けている。最新作は、9月27日より公開される『Cloud クラウド』。「映画自体が表現そのもの」と話すこのカリスマ監督にインタビュー。
普通の人たちが一種の悪として
主人公に襲いかかってくる
――今年はすでに配信作品『Chime』と、セルフリメイクした『蛇の道』が公開され、9月には最新作となる『Cloud クラウド』の上映が控えています。さながら黒沢イヤーとでも呼べそうな状況ですね。
黒沢 意図したわけではなくて、たまたまなのです。3本とも撮影は去年行ったんですが、去年はおそらく人生でもっとも忙しい1年でしたね。昔はいちばん多いときで、5本ほど撮ったことがあるんです。1996年か97年だったかな。ただ、その頃は1本1本が短いし、撮ったら終わりでした。今思うと、幸せな時代でした。つくり終えた時点で僕の仕事は終わりなので、次にいけるんです。でも、今はつくってからがなかなか大変で。ヒットするとかしないとか、その後の結果を出さないといけない。つくったことは結果じゃなくて、始まりにすぎないんです。これは、まぁ、しょうがないことなんですけど、大変です(笑)。
――今回は『Cloud クラウド』についてお話を伺っていきたいと思います。この作品は、無自覚な行動でネット社会に憎悪をばらまいた転売屋の男が、その憎悪の連鎖から生まれた“集団狂気”に狙われるサスペンス・スリラーです。どういった経緯で企画がスタートしたのですか?
黒沢 きっかけは、『散歩する侵略者』(2017年)という映画を撮ったあとに、プロデューサーの方から「次は何かわかりやすいアクションをやりたいですね」と言われたことでした。とはいうものの、日本でいわゆるアクションをやるのはなかなか難しい。予算の問題はもちろん、人物設定をどうするのかが非常に難しいんです。アクションと聞いてパッとすぐに思いつくのは、刑事かヤクザですが、僕自身がそれにはあまり興味がなくて。やるならドンパチとは無縁な、ごく普通の現代日本に生きている人間が、最終的には殺す、殺されるという関係にまでエスカレートしてしまう、そういったダークなアクション映画をつくりたかったんです。
――なるほど。
黒沢 いろいろあったんですけど、最終的に凶悪集団と主人公が対決するという形にしたくて、じゃあ、その悪の集団をまとめているものって何だろうと考えると、特に思いつかない。苦し紛れに出てくるのは、ヤクザとかカルト教団くらい。そうなってくると、もう普通の人たちじゃないので、どうしようかと考えているときに、実際にあったある事件を思い出したんです。闇のサイトで知り合った男たちが、お互いに虚偽の犯罪自慢をしているうちにエスカレートしていって、最終的に強盗殺人を起こしてしまうという事件でしたが、それがヒントになりました。これであれば悪の原理などは要らなくて、普通の人たちが一種の悪として主人公に襲いかかってくるという設定がつくれる。そこが見えてから、物語ができていった感じですね。
――主役を演じた菅田将暉さんとは今回が初となるタッグでした。一緒に作品をつくってみて、どういう印象を持ちました?
黒沢 あきれるほどうまいですよね。菅田さん演じる吉井という男は、予想もしない事態に巻き込まれていく役どころなのですが、あれだけ不条理な状況に引きずり込まれていっているにもかかわらず、中心が全然ぶれないんです。映画がスタートして、最後はとんでもないところまで行き着いているのに、そこに至るのは必然だったというか、一貫した道筋がちゃんと見える。そう思わせてくれるのは、菅田さんの演技力だと思うんです。どんなに表面がぶれても、人物の中にピンと筋が一本通っているから、説得力がある。言ってみれば、ああいうものが一種のスター性ということなんでしょうね。本当にすばらしい俳優です。
「あるとき、『リアルに見える』という瞬間が
訪れるんです。 そういう場面に遭遇すると、
映画を撮っているんだなと実感します」
変わらないから
続けていられる
――撮影で特にこだわったポイントはどこですか?
黒沢 ぎりぎりリアルなところを狙っているとはいえ、とっぴと言えばとっぴな話なので、説得力を持たせるためにも、細部をいいかげんにしないでおこうとは思っていました。例えば、ガンアクションのシーンは、アメリカ映画のように本物のピストルを使ったりすることはできません。でも、いくつかの細かいところを気にしていけば、日本でもそれなりのクオリティのガンアクションが必ずできるはずだという自信はありました。
――具体的にはどういう部分ですか?
黒沢 ピストルの照明の当て方とかですね。アメリカ映画は当然しっかりやっているんですよ。日本映画では、刀が出てくると照明をしっかり当てるんですが、ピストルになるとほとんど何もしないんです。だから、その銃がプラスチックだとすぐわかってしまう。「どうせこんなのウソだから」という感じでやらずに、照明の当て方ひとつとっても細部までこだわって、入念にカットをつくり上げていけば、ちゃんとリアルに見えるようにできるんです。
――ライフルを撃ったときの反動とかリアルだなと思いました。
黒沢 そうなんです。あれはけっこう難しいのです。撃った後に反動がくるのですが、本当に撃っているわけではないので、その動きはお芝居でつけなくてはならないのです。わざとらしくならないように、でも本当に撃っているように見せるにはどうしたらいいか。スタッフ、キャストと相談しながら撮影していました。
――映画づくりの喜びや楽しさってどういうときに感じたりするのですか?
黒沢 例えばですが、ピストルで撃たれて死ぬシーンは、本当にやっているわけではありません。どうやったら本当に見えるかということを、スタッフと俳優陣が一丸となってあれこれ考えながらやっている。カメラがここで、俳優はこの演技で、照明はここから当てて、この小道具がここへ転がって……みたいな条件がすべてうまくはまったとき、「リアルに見える」という瞬間が訪れるんです。そういう場面に遭遇すると、素直にうれしいし、楽しいですね。映画を撮っているんだなと実感します。
――黒沢監督は、大学在学中から映画製作を始めていますが、その感覚は当時から変わっていないのですか?
黒沢 変わってないですね。変わらないから続けていられるんだと思います。ただ、これはやっぱり楽しいことなんだなと自覚できるようになったのは最近になってからですね。若い頃はあまり楽しむ余裕はなかったかもしれません。そんなことよりも、スケジュールがないとか、ほかのことに気をとられていました。「面白いカットが撮れた」ということを素直に喜べるようになったのは、だいぶたってからのような気がします。
――では、映画で表現したいこと、映画を使ってやりたいことというのも変わっていないんですか?
黒沢 変わらないんですけど、映画を使って何かを表現するという言い方だとちょっとニュアンスは違っていて。映画を使っているわけじゃなくて、映画そのものがまさにそこに現れてきているんです。何と言ったらいいのかな。説明が難しいんですよね。とにかく映画というものを道具にして何かを表現しているわけじゃないんです。文字だったら、文字を使って文章をつくり、何かを表現しますけど、映画はそういう道具ではありません。脚本を書いて、俳優がいて、撮影して、編集して……という工程すべてが映画になっているんですよね。当然、僕ひとりがやろうと思ってもできない。関わってくれる人たちの力が合わさってつくられていくから、映画を使って何かを表現するというのではなくて、映画自体がもう表現そのものなんです。
40歳ぐらいまでは
待ったほうがいい
――次回作のアイデアはどれくらいあるものなんですか?
黒沢 数はあるにはありますけど、経験上、どれが実現するかというのはわからないんです。人とのおつき合いの中で「こんなものをやりたいですね」という話をしてみたり、逆に向こうから「こんなものをやってみない?」と言われるケースもあります。だから、誰ともつながりがなく、自分ひとりでゼロから映画を立ち上げていくとなったら、相当大変な作業だと思います。
――黒沢監督ほどのキャリアがあっても、いつでも好きなものが撮れるということではないんですか?
黒沢 全然ないですよ。やっぱり縁ですね。だからこそ、去年のように3本も撮ったりすることができるんだと思います。こんなご時世に3本も撮らせてもらえたのは、たまたまいろいろな人との幸運な出会いがあったからですし、本当にありがたいことだなと。やりたいことを自分ひとりでずっと続けていたりしたら、まぁ、10年に1本も撮れないと思います。こだわりも大事ですけど、そのときできそうなものをひょいとやってしまうほうが、結果的にいろいろな作品を生み出すことになって、僕自身も楽しみにつながっています。
――いつかこれだけは撮ってみたいというものはあるんですか?
黒沢 具体的な何かというのはないですね。ただ、漠然とこんな映画を撮りたいなというのはあって、戦争映画はいつかやれたらいいなと思っています。戦場のようなところに置かれたら人間はどうなっていくのか、みたいなことですね。お金もかかりますから、そうそう簡単にできないですけど、チャンスがあればやってみたいです。
――それこそ映画をつくってみたいだったり、何かしらクリエイティブなことにチャレンジしてみたいと思っている若い世代に向けてアドバイスはありますか?
黒沢 若い人たちに響く言葉になるかどうかわからないですが、自分の経験から言わせてもらうと、40歳ぐらいまでは待ったほうがいいよってことですかね。40歳ぐらいまではいくらでもやりたいことが見つかるし、やりたかったことができるチャンスがあります。実際、僕がそうでしたから。例えば、大学を卒業したら就職するとか、社会が決めた年齢設定ってありますよね。何もやりたいことがなかったらその枠組みに従ったほうがいいでしょう。でも、何かやりたいことがあるんだとしたら社会が決めた年齢設定には一切従わず、40歳ぐらいまでその心を持ち続けていればきっと何かが見つかると思います。
――30歳までではなく、40歳まででいいんですね。
黒沢 30歳なんて全然まだどうなるかわかりません。40歳でいいです。特に映画はそうですね。今、世界的に見ても、新人監督と言われる人たちはだいたい40歳を超えていますよね。なので、40歳までは試行錯誤をしながらでも自分がやりたいことをやり続けていればいいと思います。
『Cloud クラウド』
9月27日より全国公開
監督・脚本:黒沢 清
出演:菅田将暉、古川琴音、奥平大兼、岡山天音、荒川良々、窪田正孝ほか
配給:東京テアトル 日活
「誰かに狙われている――?」。転売で稼ぐ吉井(菅田将暉)の仕事が軌道に乗り始めた直後、周囲で不審な出来事が重なり、これまでの「日常」が壊されていく。
©2024「Cloud」製作委員会
FILM DIRECTOR / KIYOSHI KUROSAWA
黒沢 清
1955年、兵庫県生まれ。立教大学在学中より8ミリ映画の自主制作・公開を手がけ、長谷川和彦、相米慎二らの助監督を経てディレクターズ・カンパニーに参加。『CURE』(97年)で国際的に注目を集め、『回路』(2000年)で第54回カンヌ国際映画祭 国際映画批評家連盟賞受賞。監督作に、『トウキョウソナタ』(08年、第61回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門 審査員賞)、『岸辺の旅』(14年、第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門 監督賞)、『スパイの妻』(20年、第77回ベネチア国際映画祭 銀獅子賞)などがある。現在、セルフリメイクした『蛇の道』と、第74回ベルリン国際映画祭正式出品作『Chime』が公開中。
Photos:Kanta Matsubayashi Composition & Text:Masayuki Sawada
▲ WPの本文 ▲