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6作目
デヴィッド・ロバート・ミッチェル
『アメリカン・スリープオーバー』
©2011 Roman Spring Pictures
監督/デヴィッド・ロバート・ミッチェル 出演/クレア・スロマ ほか 販売元:Gucchi’s Free School + PHASE OUT INC. デジタル配信中
舞台はアメリカ・デトロイトの郊外。新学期を目前に控えた夏の終わり、自分の夏休みにどこか物足りなさを感じている、中学3年生の少女マギーが主人公。彼女は乗り込んだパーティ会場で、昼間プールで見かけた年上の男性と再会する。ほかにも、街ではいくつかのスリープオーバー(お泊まり会)が開かれており、それらが影響し合って、登場人物それぞれのひと夏の物語は動きだしていく…。
淡い期待のゆくえ
あの頃の「淡い期待」ほど叶(かな)わなくて、切ないものはないと思う。
本作は、新学期直前のとある1日を過ごすアメリカ・デトロイト郊外に住む若者たちの群像劇。彼らの新学期は9月に始まるので、夏の終わりの物語でもある。“お泊まり会”が街のあちこちで開かれるその夜、男子も女子もそれぞれが「今夜、何かあるかも」と何かに期待してしまう。「何かを探す」それだけの映画だ。それだけなのがひたすら愛(いと)おしい。そんなあの頃のソワソワを生々しく切り取っているので、突き刺さる人も多いはず。
自分は成人式の夜を思い出した。
一次会が終わって、誰もが二次会を期待していたが結局解散となってしまい、男だけでの宅飲みと相なった。いつもの面子(メンツ)でこたつを囲む。それでも、「今夜は何かあるだろう」という思いは捨てられないので誰かの「コンビニ行こうぜ」という提案に乗っかって、深夜0時すぎの寒空へ繰り出した。買い物を終えた後も遠回りして女子の家の方角へ向かって、男7人でゾンビのように歩いた。全く同じようなシーンが本作にもあるので、初めて観たときは恥ずかしくてたまらなかった。
出演者のナチュラルな佇まいもまたすばらしいのだが、なんと出演者のほとんどは演技未経験の地元の若者たちだ。そこら辺の若者がいつもの言葉で話しているラフな感じが出ていてとてもいい。本作がまとうヒリヒリするリアリティはそこからくるのだろう。
プールや湖など、水を近くに感じる場所でのシーン設計も面白い(この監督の十八番(おはこ)でもある)。流れ続ける水の音や反射する水面は、登場人物たちのナイーブな心情を表しているかのようだ。静かな情景に瑞々(みずみず)しさと、さらなる深みを与えている。
全編を通して静かな時間が流れる本作。その中で唐突に現れる全速力で走るシーンとダンスシーン(2シーンが1曲でつながってる)がものすごくいい。青春映画に必要な躍動感が、短い時間に詰まっていて最高だ。このシーンは短いからこそ輝いているのだと思う。
印象的なのは、音や映像だけではない。スーパーマーケットで男子が女子にひと目ぼれをするシーン。女子は売り場にあるシャンプーの蓋(ふた)を開けて匂いを嗅ぎ、一瞬考えてからそれを持ってレジへ向かう。その光景を盗み見ていた男子は、女子がいなくなった後にそのシャンプーの匂いをこっそりと嗅いでみる。いったいどんな匂いがしたのだろうか。男子の気持ち悪い行動と、シャンプーの甘い香りが脳内で混ざり合う。映画全体として、みんなうっすら汗をかいてるところにも青春のフィーリングを感じる。
本作の登場人物たちは、それぞれが何かを見つけるが、誰ひとりとして思い描いていたものは見つけられない。みんながみんな少しずつ間違えてしまう。そしてモヤッとしたまま朝を迎える。そこに大人は出てこない。全員が子どもと大人の中間で、目の前にはまだたくさんの可能性が開かれている。淡い期待の代わりに、未来へのほのかな予感に少し触れたかのような、特別な夜が描かれている。
松本壮史
2021年『サマーフィルムにのって』で長編監督デビュー。その他作品に、映画『青葉家のテーブル』、ドラマ『ながたんと青と』(WOWOW)、『親子とりかえばや』(NHK)、『お耳に合いましたら。』(テレビ東京系)など。第13回TAMA映画賞 最優秀新進監督賞、第31回日本映画プロフェッショナル大賞 新人監督賞受賞。
Photo:Masanori Ikeda(for Mr.Matsumoto) Title logo & Illustrations:Tsuchika Nishimura Text:Soushi Matsumoto
山口朗
メンズノンノ編集部
2023年からメンズノンノ編集部に在籍。スニーカーが好きで、いま所有しているのは25足ほど。イングランドのサッカーチーム、「アーセナルFC」が“推し"です。
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