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厳格な家庭に育ち、初めてまともに触れたエンタメは中学1年のときに聴いた深夜ラジオだった。やがて芸人に憧れるようになり、自分の特長を最大限に尖(とが)らせるため、東大法学部へと進んだ。芸人でありながら、いわゆる賞レースやネタづくりには興味がなく、YouTubeやPodcastでドラマや映画の考察を行い、その視点や語りの面白さが多方面で評価されている。「競争には参加しない」。そう語るこの異色の芸人にインタビュー。
自分を商品だと捉えて
特長を尖らせていく
――芸人になろうと思ったきっかけは何だったのですか?
大島 わりと厳しい家だったので、テレビでバラエティを観る機会がほぼなく、お笑いのこともずっとわからなかったんです。中学生になって、学校の指定で『基礎英語』というNHKのラジオ番組を聴かなきゃいけなくて、それでラジオを買ってもらったのが、初めて家庭内で公式に認められたエンタメと接続するおもちゃでした。夜中につけてみると、伊集院光さんとか爆笑問題さんのラジオがやっていて、「そんなこと言っていいんだ!?」みたいなことを話しているわけです。それまで人生があんまり楽しくなかったんですけど、そこから深夜ラジオを聴くことが楽しみになって、がらっと見える景色が変わりましたね。
――芸人に憧れながらも東大法学部に入学します。これはどういう考えだったのですか?
大島 高校生だったら500円とかで観られるお笑いライヴがあって、ときどき観に行っていたんです。めちゃくちゃ面白いし、この人たちさぞや売れているんだろうなと思ったらエンディングのトークコーナーで、「これからバイトで」みたいな話をしていて、それが衝撃で。面白いっていちばん大事なことじゃないのかもしれないと思って、ご飯を食べていけるようにするためには、まず特徴が先にあるべきなんだなということを考えたんです。じゃあ、自分を客観的に見て、特長は何だろうと考えたときに、勉強ができたので、そこをまず尖らせたほうがいいなと思って、東大に行こうと。
――すごい!
大島 自分のことを商品だと捉えてるんです。この商品の特長を最大限に生かすためにはどうすればいいかってことを考えて行動する。その点はすごくドライですね。
――東大を卒業したら、どこかに就職しようとは考えなかったんですか?
大島 広告業界やテレビ業界には興味はありました。ただ、ヘンな話で、大学1年のときから、先輩のES(エントリーシート)の添削をしていて、「ここは意味がわからないので削ったほうがいいですよ」という感じで、ほぼ代筆みたいなことをやっていたんです。そうしたらもうぼこぼこ受かって、みんなからは感謝されるんですけど、僕自身はこの就活のシステムはよくないなと思って。
――というと?
大島 就活のシステムって、採る側にとって気持ちのいい人が選ばれるようになっていると思うんですよね。素のままの能力を示すだけだと負けちゃうから、自分を盛らなきゃいけない。結果、普段であれば理路整然としゃべる人も支離滅裂な文書を提出していたりして、「何だ、この病理は」と思ったんです。自分のコントロールがきかない部分で人からジャッジされることがすごく怖いと感じたので、この新卒一括採用のシステムに乗っかるのは、たぶん自分はムリだろうなと思って、モラトリアムをちょっと延ばそうかなという気持ちで、とりあえず法科大学院に進みました。法科大学院に進んだ年と、タイタン(爆笑問題やウエストランドが所属する芸能事務所)に入ってデビューした年が同じなんですけど、その時点ではまだ可能性を残した状態で進路を選んだ感じですね。
――完全に芸人に絞ったのは、どういう流れだったんですか?
大島 司法試験に受かったら面白いなと思って法科大学院に進んだんですけど、そんな考えで受かるようなものではなく、勉強が苦しかったから、これは自分に向いてないなと思って早々に撤退しました。合わないなと思ったらすぐにやめるようにしているんです。芸人のほうは意外と1年目、2年目ぐらいから食べてはいけちゃって。3年目からYouTubeを始めて、2軸になったことで収入も倍になり、「これは大丈夫だな」と思って、芸人に振ったほうがいいなという判断をしました。
競争にはできるだけ
参加したくない
――一般的に芸人というと、テレビや舞台に出たり、賞レースをめざしたり、というイメージがありますが、そういうことに興味はないのですか?
大島 学生時代はお笑いサークルに入っていて、芸人になってからも月に30本ほどライヴに出ていた時期もあったんです。でも、ネタをつくって賞レースやライヴに出たりするのが向いてないなと思って。そこをめざすメリットが、僕の自己顕示欲以外にないというか、ほかの人に求められてないというのが正直大きいところで、需要がないことにあんまり魅力を感じないんですよね。パンが和食のところに並んでいたら、洋食のところに戻されるでしょう、という話で。どれだけやる気があっても、似合わなかったらそれは実を結ばないと思うので。あと、競争にはできるだけ参加したくないっていうのもあります。競争を当たり前だと思うとしんどいですよね。競争になっちゃっている時点でもうしんどさが増しているんで、競争がないフィールドでできるならそっちのほうがラクだし、得だなって思います。
――ドラマ考察を始めたのも、そういう考えからなんですか?
大島 そうです。ドラマと映画だったら映画のほうが数は観るんですけど、世の中には映画評論家がいっぱいいて、映画YouTuberみたいな人たちもいるし、そこにはこじ開けるほどの席はないかなって。でも、テレビドラマの批評はYouTubeでは全然いなかったので、じゃあ、ドラマをいっぱい観てやればいいんじゃないかなと思ったんです。僕はアニメをあんまり観ないんですけど、ちょっとうらやましく感じているところがあって、アニメって好きな人たちが、例えばゼロ年代の傑作みたいなことをいまだに語り続けていますよね。だから、ずっと残り続けるんですよ。後追いでも名作を知ることができる回路があるから。けれども、ドラマに関しては、そういう土壌がほとんどなくて、最近ようやくSNSを中心に盛り上がってきたかなという感じです。そういう意味でもやってよかったなと思っています。
――ドラマ考察もそうですし、話題になった松本人志論もそうですが、大島さんの批評や発言が面白いのは、時代性や社会性をちゃんと感じられるところだと思うんですよね。
大島 エンタメと社会を切り離してしゃべるということ自体が、僕は危ないと思っています。エンタメも多かれ少なかれ社会を反映しているものだから、そこを過激じゃなくマイルドにつないで考えていけたらいいなというのはありますね。なので、出るメディアによって語彙(ごい)のレベルを使い分けていますし、その結果、SNSのアカウントが4つぐらいあるんですけど、自分は決して一面的な存在じゃないから、いろいろな自分がいていいと思うんですよ。
――では、物事の見方だったり、自分の立ち位置について意識していることは何ですか?
大島 わかりやすく意識しているのは、誰のことも尊敬しないということです。やっぱりみんな不安だからなのか、誰かをすごく聖人化してしまうところがあるなと思っていて。「この人のこの活動は推せる」とか「この人の発言にアンテナを張っておこう」というのはいいんですけど、その人のすべてを肯定するのは違うと思います。個別のことをまとめて1個の問題にして、白か黒か、勝ちか負けかという単純な話にしたがる人が世間には多いし、そういう言葉には心を動かされないようにしないといけないなって。あとは、有名になりすぎないことでしょうか。
――有名になりすぎない、ですか?
大島 今は自分で自分の印象をコントロールできない時代になっちゃっているので、あること、ないこと言われたら消化するのにものすごく労力がかかっちゃうし、たとえデマだとしても一度世に出ちゃったものを止めるのはかなり難しいです。もはや売れれば売れるほどいいという時代ではないと思うんですね。だからこそ、エンタメとか表現の世界で生きていきたい人にとって、自分がめざすべき適正知名度みたいなものがあると思っていて。そう考えたとき、僕はもうわりと適正知名度にたどり着きつつあるところがあって、ここからは有名になりすぎることなく、じわじわと年相応の知名度で仕事がしやすく生きていければいいかなと思っています。
「逃げて逃げて逃げて、
常に現在がいちばん自由になっている」
メンタルヘルスを
あんまりなめんなよ
――将来的にどうなっていたいという、目標みたいなものはあるんですか?
大島 需要次第かなと思いますけど、ラジオは一生やっていきたいですね。ラジオのいいところは、ひとりの持ち時間が長いので、言い間違えたなとか、言葉選びを間違えたなとなったらその場ですぐ直せるんです。それって実質自分に編集権があるということで、それがあることは非常に重要だと思っています。テレビの場合、生放送だとひとりの尺も短くて、収録であってもカットされる可能性があるし、そもそもタレントがオンエアの前にチェックすることができない。それはすごく怖いことだなと思うんです。だから、基本的にはテレビもほぼラジオじゃんみたいなものしか出たくなくて、『5時に夢中!』とか『バラいろダンディ』がすばらしいのは、「あ、違うな」と思ったら自分の持ち時間の中で言い直すことができる。そういう形で自分の言葉に対する編集権がある場所には居続けたいですし、しゃべり仕事と書き仕事の幅と影響力は増やしていきたいなと思っています。
――今、興味を持っていることは何ですか?
大島 それで言うと、メンタルヘルス的な話には昔からすごく関心があります。僕自身、小学校高学年ぐらいから中学生ぐらいまでかなり希死念慮が強くて、当時は当たり前に大人も子どももみんな死について考えていると思っていたんですけど、成長するにつれてどうやらそうじゃないらしいということがわかってきて。とはいえ、そこで踏み外しちゃう人も世の中にはいっぱいいるわけです。そういう生きづらさを生み出している社会の圧力とか傾きみたいなものは絶対にあって、でもそこから解放される生き方というのもあるんだよってことを提示していけたらいいですね。
――それはすごく大事だと思います!
大島 メンタルヘルスをあんまりなめんなよ、ということはすごく言っていきたいんですよね。それこそ就活もそうですけど、もっとラクに生きられるはずの人たちのことを蝕(むしば)んでいるシステムというのは間違いなくあって、自分はそこから逃げてきた。逃げて逃げて逃げて、常に現在がいちばん自由になっているので、それをどうやったらほかの人にも当てはめられるのか、自分のライフワーク的なものとしてずっと考えていきたいなと思っています。
COMEDIAN, YOUTUBER / YASUOKI OSHIMA
大島育宙
1992年生まれ、東京都出身。東京大学法学部卒業。2017年、お笑いコンビ「XXCLUB」としてデビュー。所属はタイタン。フジテレビ『週刊フジテレビ批評』ドラマ辛口放談にコメンテーター、Eテレ『太田光のつぶやき英語』に英語インタビュアーとしてレギュラー出演。MX『5時に夢中!』『バラいろダンディ』にコメンテーターとして不定期出演。ポッドキャスト「無限まやかし」「炎上喫煙所」「夜ふかしの読み明かし」「OH! CINEMA PARADISE」に出演。YouTubeでは「大島育宙【エンタメ解説・映画ドラマ考察】」を配信。
Photos:Kanta Matsubayashi Hair & Make-up:Kosuke Hirose Composition & Text:Masayuki Sawada
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