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現代音楽家として室内楽からオーケストラまでさまざまな作品を作曲している。その才能はとどまるところを知らず、映画『竜とそばかすの姫』やドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』の音楽、米津玄師や宇多田ヒカルなどの編曲と、多方面に広がっている。最新の仕事は、4月13日より放送中のアニメ『怪獣8号』(テレ東&Xにて)の音楽。「アニメの新しいスタンダードとなるものをめざした」と語るこのマエストロにインタビュー。
これまでのアニメにはない
圧倒的な音のクオリティ
――アニメ『怪獣8号』の放送が始まります。本作で坂東さんは音楽を担当されていますが、どういった経緯で参加することになったのですか?
坂東 まさか自分がジャンプ作品のオファーをいただくとは思っていなくて、しかもProduction I.Gとスタジオカラーがタッグを組むというので、企画書をいただいたときは本当に驚きました。その後、TOHO animationの武井プロデューサーとお話ししたときに、「この『怪獣8号』をエポックメイキングな作品にしたい」ということをものすごい熱量でおっしゃっていて、その意気込みに対して僕も「頑張りたいです」とお伝えしました。
――どう進めていったのですか?
坂東 新しいスタンダードになるようなものをつくりたいということだったので、そのためにはどうすればいいのか考えて、普通のルーティンを見直すところからやろうと思いました。シリーズアニメにおける音楽制作のルーティンって、いろいろな例があるのですが、通常だとメニュー表があって、「バトル1」「バトル2」「日常1」「日常2」みたいな感じで、映像ができあがる前につくっていくことが多いんです。ただ、僕はそのやり方はしたくなかった。なので、最初からできあがった映像に合わせてしかつくりませんということを伝えました。このやり方はフィルムスコアリングといって、映画や海外作品では一般的なのですが、日本のシリーズアニメではあまり前例がないから、最初は「えっ、本当ですか!?」みたいな顔をされて。たしかにそうなるのはわかります。あまりやったことがないから。でも、1話やってみたら、チームの皆さんに納得してもらえて、「これでいきます」と言ってくれたので、よかったです。
――具体的にどういったつくり方をしていったのですか?
坂東 監督に1話ずつ「ここのシーンは誰をどう見せたいのか、感情をどう持っていきたいのか」「どういう演出を考えているのか」ということを細かく聞くようにしました。その後、指示表みたいなものをつくっていただいて、その内容をもとに音楽をつくっていきました。さらにすごいのが、今回はMAエンジニアと音楽エンジニアを『竜とそばかすの姫』でもご一緒した佐藤宏明さんに兼任していただき、音響全体についても音楽とシームレスに連動しています。一般的に日本のアニメは予算や納期の関係で、音に関わる作業があとになることが多いんですね。で、音にはセリフと効果と音楽があって、この3つをどういうバランスや響き方でミックスして出すかというのが音づくりでいちばん大事な部分になってくるのですが、通常のアニメのルーティンだと、この全部のミックス作業を1〜2時間とかでやっちゃうんです。
――早いですね。
坂東 毎週の放送となると、それが普通なんです。いろいろな条件や制約があって、仕方がないというのもわかります。ただ、今回の『怪獣8号』は、新しいスタンダードをつくるべく、そういったルーティンを全部見直そうというところから始まっているので、セリフの調整作業だけで35時間とかかけてやっているんですね。普通のクオリティではないんです。ほかにも細かいところでいうと、劇中で鳴る携帯電話の着信音や部屋で一瞬映るテレビのニュース映像の音とかもオリジナルでつくっていて、1話のミックス作業だけでたぶん200時間ぐらいかかっていると思います。スピーカーだけではなく、テレビ、iPhone、ノートPC、ヘッドホンなど、全然違う出力媒体でも全部チェックして微調整しているので、とにかく音響はめちゃくちゃいいです。音の立体感と解像度がとにかく高い。普通が地上アナログぐらいだとしたら、8Kぐらいの解像度になっている感じです。全然違うことがはっきりとわかると思うので、音にもぜひ注目していただけるとうれしいです。
想像もしていなかったような
表現になっていたらうれしい
――坂東さんは現代音楽家として室内楽からオーケストラ作品までさまざまな作品を作曲されています。一方で、今回の『怪獣8号』もそうですが、映画『竜とそばかすの姫』やドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』といった映像作品のスコアを手がけたり、米津玄師や宇多田ヒカルなどのポップスの編曲も手がけています。それぞれどのような違いがあるのですか?
坂東 まず現代音楽でいうと、作曲家としてコンセプトをひたすら考えて、それを曲にして、演奏会で演奏されるという感じなので、企画からすべてやるようなイメージですね。だから、ものすごいカロリーが高いんですよ。でも、そのぶん面白さがあるし、自分の核としてずっとやっていきたいなと思っている部分です。映像に関していうと、これまでに何本か参加させていただいて、だんだんやりたいことが見えてきた感じでしょうか。映像とストーリーに対してどうやって音楽で演出をするか。本業である現代音楽で培ってきたいろいろな技術を応用しながらやっています。ポップスに関しては、よくわからないです(笑)。
――えっ、わからないんですか?
坂東 はい。何で僕が呼ばれているのか、よくわからないです。ポップスは聴くのも好きだし、つくるのも楽しいんですけど、自分のつくるサウンドが日本のトレンドだという感覚はないので、僕でいいのかなという思いはいまだにずっとありますね(笑)。
――音楽をつくることのいちばんの楽しみはどういうところにありますか?
坂東 作曲といっても、そこにはいろいろな形があって、ギターで弾き語りをつくるのも作曲だし、iPadでガレージバンドをサンプリングベースでつくるのもれっきとした作曲です。僕は西洋音楽の勉強をしてきて、その技法と歴史的な文脈の研究みたいなことを学んできました。なので、僕の場合、作曲というのは、基本的には楽譜を書くことであり、その楽譜を演奏者に演奏してもらい、初めて聴いてもらうことになります。つまり、自分以外の人の手が入るというのが前提にある。だからこそ、自分の準備した音楽が演奏家によって演奏されたときに、想像もしていなかったような表現になっていたりするとうれしいんです。そこが作曲のいちばん面白いところだと思います。
――そもそもの音楽との出会いはどういうきっかけになるんですか?
坂東 面白くない話なんですけど、2歳からピアノを習っていて、ゲームとかも全然させてもらえないくらい割とスパルタな環境だったんです。小学校の高学年になって、進路指導みたいな話のときに、ピアノの先生から「作曲をやってみたら」と言われたんですね。そうしたら、親を含めた周りが盛り上がって、「作曲、いいじゃん」となって。「ゲームの音楽もつくれるよ」とか言われたんですけど、当時はゲームをさせてもらえなかったので、僕自身は全然ピンときてなくて(笑)。それで、「東京藝大の作曲科に行くのよね」という感じになって紹介された先生のところに行ったら、「附属高校から受けるのよね」という話になり、そのままずるずると進んで今に至ります。
――そんな感じだったんですか(笑)。
坂東 あとになってわかるんですけど、ピアニストとして生活するってすごく難しいことなんですよ。日本はピアニスト人口が多くて、いいピアニストの方がたくさんいらっしゃいます。でも、クラシックの世界でトップでやれる人の数は限られていて、本当に狭き門。先生たちはそういう事情を知っているから、途中で作曲の道をすすめるというのはけっこうあるあるなんです。
「ルーティンで何かを
つくり出すことは絶対にしたくない」
鍵盤の前に座り続けることでしか
クリエイションは生まれない!?
――新たに挑戦してみたいことは?
坂東 オペラです。40代でオペラをやれたらいいなって思っています。
――今すぐではないんですか?
坂東 もっと勉強しないといけないので。本当にやろうと思ったら10年はかかります。今やったら爆死して終わると思いますね(笑)。
――そんなに大変な世界なんですね。
坂東 長い歴史があるので、オペラの伝統を踏まえてやるのであれば10年ぐらいかかると思います。伝統なんかぶっ壊して好きなようにやるというのであれば、今すぐできるでしょうけど、僕はそれは考えていません。もちろん、地道に全部やることが美徳だとは思ってないし、時短できるところはやったほうがいいと思います。でも、クリエイションで時短ってあまりできないような気がするんです。AIがもうちょっと自分の領域を手助けしてくれたらなと思うのですが、今のところ脅威になるどころか、まったく役に立ちそうもない。あまりにニッチで専門性の高い作曲だと、助けにならないですね。
――全然曲がつくれない、みたいなときはあったりするんですか?
坂東 あります。でも、音楽ってゼロイチじゃないので、「0から1を生み出してすごいですね」みたいに言われることもあるんですけど、絶対そんなことはないと思います。発表する場所とか、どこに住んでいるとか、誰が演奏するとか、例えば映像だったらどういうストーリーであるとか、0.7か0.8くらいまではすでに決まっていて、あとの残りの部分をどうするかというだけの話なんですよ。そこに知恵がいるというか、難しいんですよね。
――なるほど。そうなんですね。
坂東 僕はルーティンでやるのだけは絶対にイヤなんです。だから、そんなに曲数は書けないんですけど、何か普通とは違う刺激的なものがつくれたら、と思っています。
――あるとき、急にアイデアが降りてくるみたいなことはないんですか?
坂東 ないですね(笑)。でも、尊敬する脚本家の坂元裕二さんと同じような話をしたときに、「机の前に座り続けることです」とおっしゃっていて、それは納得というか、真理だなと思いました。とりあえずMacを開くことが大事だろうって。自分の場合は、五線紙や鍵盤の前に座ることですね。ほとんどのクリエイションは、そうやって向き合い続けることでしか生まれてこないんだろうなって思っています。
アニメ『怪獣8号』
原作は2020年にジャンプ+にて連載を開始した、松本直也によるバトルマンガ。既刊12巻にして国内累計発行部数は1,300万部突破という大人気作品がついにアニメ化!
4月13日(土)より毎週土曜23時〜、テレビ東京系列ほかにて放送中
X(旧Twitter)にて全世界リアルタイム配信
監督:宮 繁之 神谷友美
シリーズ構成・脚本:大河内一楼
キャラクターデザイン:西尾鉄也
怪獣デザイン:前田真宏
美術監督:木村真二
音楽:坂東祐大
怪獣デザイン&ワークス:スタジオカラー
アニメーション制作:Production I.G
©防衛隊第3部隊 ©松本直也/集英社
COMPOSER, MUSICIAN / YUTA BANDOH
坂東祐大
1991年、大阪府出身。東京藝術大学附属音楽高等学校を経て、東京藝術大学音楽学部作曲科を首席卒業。同修士課程作曲専攻修了。2015年に第25回芥川作曲賞を受賞、19年には同賞の最年少審査員を務めた。作品はオーケストラ、室内楽から立体音響を駆使したサウンドデザイン、シアターパフォーマンスまで多岐にわたり、映画『竜とそばかすの姫』、ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(ともに21年)のスコアも手がけた。22年、初の作品集『TRANCE/花火』を発表。24年3月、グランシップ静岡にて詩人の文月悠光とともに「音楽と詩と声の現場」を開催。
Photos:Kanta Matsubayashi Composition & Text:Masayuki Sawada
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