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日本が誇るエンタメであり、日本という国を知るための文化的ランドマークにもなっているアニメ。日本での人気を獲得し、さらに世界に賛辞をもって受け入れられる作品を多く手がけてきたプロデューサーに、日本アニメの実情についてインタビュー!
“王道”と“斬新”を両立させることで
アニメを観る人の感性を豊かにしたい。
表現と受容の国内外の境目が
うまく溶け合ってきている
これまでアニメ映画『BLUE GIANT』やアニメシリーズ『TRIGUN STAMPEDE』を、そして今季放送の『怪獣8号』を手がけるプロデューサーの武井克弘。世界で話題を集める人気作を成功に導いてきた武井に、“今の日本アニメとは”という壮大な質問を投げかけてみる。すると、「私が代表してお話しするのはとても恐縮です」と言いながら丁寧に答えてくれた。まずは、アニメのプロデューサーという仕事について聞いた。
「『企画して、人とお金を集めて、作品をつくって届けて、お金を回収して分配して、次の企画をする仕事』。“人”は、作品をつくるクリエイターやキャスト、“お金”は、作品をつくるための制作費や届けるための宣伝費です。作品をつくるのは監督というイメージがあると思いますが、実はその手前から、作品がつくられる環境そのものをつくっている人間がいるわけです。これが私のようなプロデューサーで、プロジェクト全体の責任者です。一方で私たちが『作品をつくる』部分をお任せしているのが、制作現場の責任者であるアニメーションプロデューサーです。前者を製作プロデューサー、後者を制作プロデューサーと呼んで、差別化することもあります」
そんな、作品の発起人であり伴走者であるプロデューサーから見た、世界での日本アニメの立ち位置とは。
「あるレポートで、2022年の日本のアニメ産業市場は約3兆円と報告されています。その約50%が海外からの収入。日本のアニメは海外の収入なくしては成り立たなくて、裏を返せばそれだけ世界の人々が日本のアニメを観てくださっているということ。また、配信サービスの拡充によって世界同時視聴の環境が整い、価値観も統一化されてきているように感じます。実際に、海外で開催される日本アニメのイベントに行くと、以前は意外なタイトルが人気を博していたりもしましたが、今は並んでいる人気タイトルが日本と変わりません」
日本アニメの海外進出が加速し、同じような環境で視聴できるようになったことで、楽しみ方の境界線が溶け合っているようだ。「それをアニメの表現方法にも感じる」と武井は続ける。
「先日、招待してもらったオランダのロッテルダム映画祭で、『マーズ・エクスプレス』というフランスのアニメ映画を知りました。表現においても内容においても日本のアニメの影響を色濃く感じる作品です。こういった、日本アニメの影響を受けた海外クリエイターの作品は、どんどん増えていくように思います。フランスといえばバンド・デシネと呼ばれるコミック文化がありますが、日本アニメ隆盛の土台にも、漫画文化があることを忘れてはいけません。国内外に共通する日本アニメのトレンドとして、『週刊少年ジャンプ』に代表されるような、漫画を原作としたアニメ作品の席巻があります。『もうアニメ化できる人気漫画はこの世にないんじゃないか』なんて、プロデューサーの間で言われるくらいです。でも実は、アニメが漫画の恩恵にあずかっている構造は、今も昔も変わらない。日本の商業アニメの祖は手塚治虫先生とされますが、漫画を親、アニメを子とする、いわば親子関係がずっと続いているわけです。しかしアニメはこのまま漫画のスネをかじるだけでいいのか? そろそろ恩返しをする時期ではないか? と思います。例えば、我々のつくったオリジナルアニメがコミカライズされて、その漫画が大ヒットする、といったようなことが起きてもいいはずなんです」
作者が示すものづくりの姿勢を
アニメで再現したかった
アニメが描ける幅を広げたいと同時に、アニメが好きだからこそ、現在の実情をシビアに観察する。
「場所にかかわらず分け隔てなくアニメを楽しめることはすばらしい。ですが、物語や表現において差がなくなり、しだいに一様化してしまうことは避けたいと思っています。私としては、いろいろなスタイルが受け入れられる土壌ができたとき、市場的にも、文化的にも、本当の意味でアニメが豊かになると考えているからです。視聴者の最大公約数を取ろうとしたら、みんなが人生で通ってきた学生を主人公にするのは市場的には正解なんです。だけど、それでアニメが学生以外の描き方を忘れてしまったら、それは文化としての先細りですよね。『怪獣8号』を読んでまず惹(ひ)かれたのは、主人公が32歳の“おっさん”であるところ。それに“怪獣”という、ひと昔前の題材を選んでいるところでした。
僕が『TRIGUN STAMPEDE』を企画したのは、今の日本アニメに90年代の作品のようなスケール感を取り戻したかったから。
灼熱(しゃくねつ)の星・ノーマンズランド。異形の生物うごめく不毛の地に600万$$の賞金を懸けられた、人間台風(ヒューマノイドタイフーン)の悪名を持つトラブルメーカーがいた。名を、ヴァッシュ・ザ・スタンピードという──。
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©2023 内藤泰弘・少年画報社/「TRIGUN STAMPEDE」製作委員会
『BLUE GIANT』は、今は流行っているとは言い難いジャズのよさを再確認してもらいたかったから。
ジャズに魅了され、テナーサックスを始めた仙台の高校生・宮本大。すご腕のピアニスト・沢辺雪祈、ドラム初心者の玉田俊二とともに組んだバンド“JASS”でシーンの頂点をめざす。
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©2023 映画「BLUE GIANT」製作委員会 ©2013 石塚真一/小学館
『怪獣8号』は“怪獣”というモチーフの採用によって壮大さと温故知新という要素を獲得していると感じたし、これでまた日本アニメのバリエーションが豊かになるのではないかと思ったんです」
『怪獣8号』は、『少年ジャンプ+』(『週刊少年ジャンプ』のアプリ&ウェブサイト)で連載中の漫画。日常的に怪獣が人々を脅かす世界で、怪獣を討伐する「日本防衛隊」へ入隊する夢を諦めた日比野カフカは、幼なじみの防衛隊隊長・亜白ミナや仲間たちとの出会いをきっかけに、再び夢を追いかける。その矢先、謎の小型怪獣の襲撃を受け、カフカは怪獣に変身してしまう。
「臆測ですが、“設定は『(新世紀)エヴァンゲリオン』の影響を受けているのかな”“隊員たちの日常は『(機動警察)パトレイバー』っぽいな”と思ったり。松本(直也)先生の絵を表面的になぞるのではなく、その根本にあるものづくりのスタンスそのものを再現したくて、このプロジェクトの青写真を描き始めたんです」
そしてアニメ制作を依頼したのが、Production I.Gとスタジオカラー。超人気プロダクションの初タッグだ。
「両社は日本のアニメブームを牽引(けんいん)しながらヒット作を生み出し続けるスタジオですし、特にProduction I.Gさんは『攻殻機動隊』というエポックメイキングな映像を打ち出し、スタジオカラーさんは『新世紀エヴァンゲリオン』という文化をつくりました。80年代に花開いたOVA全盛期の影響が色濃い90年代の、あのアニメ表現の豊かさを復活させたいという思いが強くありました」
武井の本作への思いはしだいに強くなり、アニメとして次々と新しい試みを積み重ねていく。
「他にも漫画『怪獣8号』の特徴として、海外向け漫画アプリ『MANGA Plus』の世界同時配信によって、連載開始時からグローバルな人気を博した点があります。これをアニメでも再現すべく、今回はソーシャルメディアのXを通じて全世界リアルタイムで配信します。漫画と違い、アニメは絵と音楽の両方によって成り立ちます。ゆえに音楽も大事です。劇伴には坂東祐大さんを迎え、普通のアニメシリーズでは大変すぎて誰もやらない、完成した絵に合わせて音楽をつくるフィルムスコアリングを全話で採用しています。主題歌にはOneRepublic(ワンリパブリック)とYUNGBLUD(ヤングブラッド)という、これも日本アニメでは珍しい、世界的な人気アーティストを迎えることができました。これらの挑戦を通じて、『こういうアニメもあり得るんだ』『アニメってこんなこともできるんだ』といったふうに、皆さんの感性を刺激できたらいいなと思います。“面白い”と“多くの人に届く”の両立を最後まで諦めたくないんです。プロデューサーはさまざまなニーズを実現させる仕事。自分が手がける作品では、両立どころか百立だってさせるつもりです」
プロデューサー
武井克弘
2009年に東宝に入社。13年より現職に、現在はTOHO animationアニメ事業室長。プロデュース作品に『TRIGUN STAMPEDE』(2023年)、『BLUE GIANT』(2023年)などがある。
Photos:Norito Ohazama Text:Hisamoto Chikaraishi[S/T/D/Y]
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