▼ WPの本文 ▼
編集部が気になる人に会いに行く連載「WEEKEND INTERVIEWS」。第34週は、俳優の杉咲花さんが登場! 3月1日に公開する映画『52ヘルツのクジラたち』で、自分の人生を家族に搾取されてきた女性・貴瑚(きこ)を演じる。他の仲間たちには聴こえない高い周波数で鳴くため、世界で一番孤独と言われる“52ヘルツのクジラ”。このクジラのような“届かない声=声なきSOS”を持つ人たちに焦点を当てた本作。心に深い傷を持つヒロインを見事に演じきった杉咲さんに、役への思いや作品の魅力を聞いた。
そのとき目の前にいる人と対面して
何を感じるかに素直でいたい
――美晴役で出演している小野花梨さんがきっかけで原作をお読みになられたとのこと。実写化されるなら小野さんが「花に貴瑚をやってほしい」とおっしゃっていたというエピソードをお聞きしました。
2年ほど前に花梨と電話をしていたときにおすすめの本として挙げてくれたのが「52ヘルツのクジラたち」でした。気になって原作本を購入したタイミングで本作のオファーをいただいたんです。さらには花梨の元へ美晴役のオファーが届いたことを知って。運命めいたものを感じました。
――貴瑚のどんなところに魅力を感じて演じてみたいと思ったのでしょう?
ヤングケアラーであり、ネグレクトを受けている貴瑚の背景に想いを馳せながら原作を読んでいたなかで、傷を抱えている人も誰かを傷つけてしまうことがあるんだということに気づかされました。誰だって無意識に人を傷つけてしまう側面がある。それはきっと現実でも起こりうることだと感じ、主人公がそれを体現している物語に好感を抱き、貴瑚を演じてみたいと思ったんです。
――貴瑚という役を演じるにあたって、意識されたことはありますか?
当事者であったり、有識者の取材や資料を読んで、まず知識として自分の中に落とし込んでいくことが重要だと思っていました。
先ほどと重複しますが、貴瑚という人物にも犯してしまった過ちがあると私は思っていて。それを美化するのではなくその人の失敗としてしっかりと演じることが必要だとも考えたんです。そのためには、貴瑚と近しい環境にある人の代弁者として現場に立つのではなく、貴瑚という一人の人物としてカメラの前に立っていたい気持ちがありました。
――事前に成島出監督が、原作に描かれていない余白部分を構築した登場人物の「人生表」を作っていらっしゃったんですよね? その人物像に杉咲さん自身も肉付けをしたり、何か準備をされたのでしょうか?
参考にしつつ、自分の解釈や肉体を通して感じたことも大切にしながらリハーサルに臨みました。各シーン、それぞれの状況に置かれてみないと自分がどういう心境になるかわからなかったので、何かを準備できるものではなかったりして。私はプランを持って現場に行くタイプではないので、そのとき目の前にいる人と対面してみて、何を感じるかということに素直でいたいなと思っていて。
今作では、監督が本編で描かれていない部分を「どういう関係性で」「どういう時間を各人と過ごしてきたのか」というものをエチュード(即興劇)で積み上げていったりもしたんです。貴瑚という人物を演じるにあたっては、このエチュードからも数々のヒントをもらいました。
自分が耳を澄ますことのできる周波数が
少しだけ広がった気がしています
――安吾と美晴に救われる前の貴瑚は人生に疲弊しきっていて、心も身体もボロボロで。その姿がとてもリアルに感じました。
ありがとうございます。新たな人生を歩み出す前の貴瑚は、きっと満足に食事もできていないはずで、何かを食べて“美味しい”と感じられるような精神状態ではなかったと思うんです。それを表現するには肉体的なアプローチの必要性を感じ、食事制限や運動などで2ヶ月ほど前から減量をしていました。
――ちなみに、杉咲さんご自身が貴瑚と似ている部分、または共感できる部分があったりしますか?
共感とは少し違うかもしれませんが、無意識のうちに誰かを置いてけぼりにしてしまったことが、自分にもあったし、いまだってあるのかもしれない。何気なく放った一言が、誰かにとっては心に残り続けてしまうことが、やっぱりあると思うんですよね。その失敗を成長と呼ぶことはできないけれど、そこでの気づきというものはきっと何か、自分を新しい領域に連れていくはずで。もしも失敗する前にそれを得ることができたら、誰かにもっと優しくできたり、今よりも深いところで他者と関わり合えることだってある気がするんです。だからこそ時代の価値観に敏感でいることや、学んだことを更新していきたい気持ちがより強まりました。
――他にも、意識が変わられたことってありますか?
そうですね…。自分が知っていることが、世界の全てではありませんよね。貴瑚やアンさん(安吾)や愛のような52ヘルツの声を持つ人たちの声を、もしかしたら自分は聞けていなかったかもしれないし、今もまだ聞こえていないのかもしれない。けど、この作品に出会ったことで、前よりも聞こえる音域が少しだけ広がったような気がしていて。観てくださった方々にも、もしもそんな風に感じてもらえたとしたら嬉しいです。
大分の地で
心が解放されました
――印象に残っているシーンを教えてください。
貴瑚が新しい人生を歩み出してから、アンさんや美晴と過ごす居酒屋でのシーンです。本編で流れるのは数秒ですが、とても幸せなシーンでした。私は、居酒屋が貴瑚やアンさんにとってはシェルターのような場所だったのではないかなと思っていて。居酒屋って人がたくさんいて、賑やかじゃないですか。目まぐるしく出入りがあって、お酒を飲んで、人々の声が大きくなる。そういった“ノイズ”ではなく、みんなに聞こえるヘルツの中に自分たちが存在していることを実感できる、かけがえのない時間だったんじゃないかと。実際に演じていて、本当に楽しいシーンだったので印象に残っています。
――出会ってすぐに安吾と美晴と過ごしたのも居酒屋ですよね。
そうなんです。その最初の居酒屋でのシーンはとても辛い内容で。クランクインして3日目に撮影したのですが、貴瑚の精神状態がギリギリのところから始まるシーンということもあり、その状況に自身を追い込みながら、何度も繰り返し行われる撮影の中で最後まで鮮度を保てるだろうかという緊張がありました。
居酒屋でのシーンは一日で全部まとめて撮ったんです。最初のシーンを無事に撮り終えて、そのあとのシーンが余計に幸せに感じたこともあるのかもしれません。貴瑚にとって初めて光が差し込んできた瞬間だったので、現場も幸福感に包まれていたような気がします。
――現場の雰囲気がとても良さそうですね。
東京編で1ヶ月、大分編で1ヶ月の計2ヶ月間で撮影をしたのですが、東京編は内容が張り詰めていたこともあり、実はなかなか撮影の合間にスタッフさんとコミュニケーションをとることができなかったんです。濃密な時間を共有できたのは、大分に行ってからでした。大分の土地の素晴らしさにとてもいい影響を受けたということもあった気がします。天気が良く景色も美しくて、ご飯もすごく美味しいんです。そんな環境に身を置くことで、みんなの心が解放されて、次のステップにいけたんだという空気が現場に流れていました。後半は毎晩現場のスタッフさんたちと集まって、食べて飲んで語らいあって、ドンチャン騒ぎしてました(笑)。
頭の中を整理したいときほど
部屋を片付ける
そうすると思考もクリアになる
――いろいろとお話を聞いていると、お芝居に真摯に向き合う姿がうかがえますが、仕事を充実させるうえでのリラックス方法はあったりしますか?
私にとってのリラックス方法は部屋を片付けることです。部屋ってそのときの心の状態が顕著に現れると思っているので、疲れているときや頭の中が整理されないときほど、部屋を片付けるようにしています。片付けることによって、思考がクリアになっていく感覚があるんです。
とはいえ、常に綺麗にキープすることは難しくて、やっぱり現場に入ると徐々に汚れていくのですが(笑)。
――最後に完成した作品をご覧になってのお気持ちをお聞かせください。
世の中には、自分が想像もし得ないような経験をしている人たちがきっとたくさんいて、そんな人たちに思いを馳せている人だっていると思うんです。
実際の社会で起こってきた/今まさに起こっていることを描いている点を直視して、自分たちの話として捉えてもらえたらと思っていますし、一歩踏みとどまって、他者とのつながりを信じられるものになればいいなという願いもあります。どうか一人でも多くの人に届いて、自分たちのすぐそばにいる人について想像を巡らせたり、登場人物たちの中にご自身を投影する方々にとっても未来を想像できる作品であってほしい。そしてできることなら、たった一人でも人生観が変わるような映画になっていたとしたら、すごく嬉しいです。
杉咲花|HANA SUGISAKI
1997年生まれ、東京都出身。『湯を沸かすほどの熱い愛』(16)で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞。「花のち晴れ〜花男 Next Season〜」 (18)で連続ドラマ初主演を果たす。その後、主役を務めたNHK 連続テレビ小説「おちょやん」(20~21)と「恋です!〜ヤンキー君と白杖ガール〜」(21)で橋田賞新人賞を受賞。主な出演作は、NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」(16)、『十二人の死にたい子どもたち』(19)、『青くて痛くて脆い』(20)、『妖怪大戦争 ガーディアンズ』(21)、『99.9-刑事専門弁護士- THE MOVIE』(21)、『大名倒産』(23)、「杉咲花の撮休」(23)、『法廷遊戯』(23)、『市子』(23)、公開待機作に『片思い世界』(25)などがある。
『52ヘルツのクジラたち』
監督:成島出
出演:杉咲花、志尊淳、宮沢氷魚、小野花梨、桑名桃李、西野七瀬、金子大地、真飛聖、余 貴美子、倍賞美津子
公開日:2024年3月 1日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー
配給:ギャガ
©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会
STORY
傷を抱え、東京から海辺の街の一軒家へと移り住んできた貴瑚(杉咲花)は、虐待され、声を出せなくなった「ムシ」と呼ばれる少年(桑名桃李)と出会う。かつて自分も、家族に虐待され、搾取されてきた彼女は、少年を見過ごすことが出来ず、一緒に暮らし始める。やがて、夢も未来もなかった少年に、たった一つの“願い”が芽生える。その願いをかなえることを決心した貴瑚は、自身の声なきSOSを聴き取り救い出してくれた、今はもう会えない安吾(志尊淳)とのかけがえのない日々に想いを馳せ、あの時、聴けなかった声を聴くために、もう一度 立ち上がる──。
セットアップ(MARIA McMANUS):03(3470)2100 イヤーカフ(Hirotaka):03(3470)1830 その他/スタイリスト私物
Photos:Jun Imajo Hair & Make-up:Ai Miyamoto Stylist:Ayano Watanabe Interview & Text:Mayu Yamamoto
山本真由
エディター
出版社の編集を経て2018年に独立。ライフスタイル、カルチャー、ファッションなど、ジャンル問わずにさまざまな紙媒体、WEB媒体で執筆・編集を行う。
▲ WPの本文 ▲
ウィークエンド・インタビューズ