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11作目
ギヨーム・ブラック
『女っ気なし』
©︎Année Zéro – Nonon Films – Emmanuelle Michaka
監督/ギヨーム・ブラック 出演/ヴァンサン・マケーニュ、ロール・カラミー、コンスタンス・ルソー 販売元:エタンチェ DVD¥3,300
フランス北部のオルトという小さな町を舞台に、地元に住むシルヴァンとバカンスにやってきた母娘の交流が描かれる。明るく奔放な母と少し内気な娘。3人は仲よく過ごしていたが、やがてバカンスには終わりが近づき…。『7月の物語』や『みんなのヴァカンス』など、開放的なバカンスの戯れと恋の駆け引きの中に、笑いや切なさを誘うシチュエーションを織り込むギヨーム・ブラック監督の劇場デビュー作。
人の感情やドラマに
大きいも小さいもない
お笑いコンビAマッソの第9回単独ライヴ「与、坐さうず」で見た「芽生え」というコントのことをずっと憶(おぼ)えている。50代間近のスーパーのパートのおばはんに扮(ふん)したAマッソがこれまた50代のイソヤマのおっさんという従業員に対してのグチを休憩時間に喫茶店で言い合っているのだが、途中で片方のおばはんが実は最近イソヤマと「やったんや」――つまり体の関係を持ったと告白、そこから謎にマウントを取り始めるというコント。匿名性のあった「おばはん」が一夜だけ「シバタエツコ」になったというネタ。これが本当に笑えて感動する市井の人々の話なんです。
誰かにとってはめちゃくちゃどうでもいい葛藤の話。でも実はこの世界って、ほとんどがこういう取るに足らないような会話や悩み、葛藤でできていると思うんです。そうした小さな出来事をコントや映画で描くことで、この世界がとっても愛らしくなるということが実際にあると思います。
夏の終わりのバカンスを描いた『女っ気なし』にも、そうした些細(ささい)な出来事と時間が詰め込まれている。海辺の寂れた町に住むシルヴァンは、パリからバカンスに訪れた母娘にアパートを貸すことになり、一緒に海水浴をするなど交流も生まれます。そのうち徐々にシルヴァンは母親のほうに惹(ひ)かれ始めるのですが、シルヴァンの友人・ジルの登場によって関係がもつれていく。
三角関係の物語はベタかもしれないけど、これが若くてキラキラした人たちではなくて基本的にイケてない半端な年齢の人たちによって展開されているのがよくて。また私が映画をつくる際に大切にしている「孤独」や「寂しさ」についても丁寧に扱われています。
この連載では「オフビート映画」と銘打ってさまざまな作品を紹介してきましたが、主に〈ドラマチックな展開をあえて省いている〉とか〈小さな悩みや退屈な時間が描かれていることの豊かさ〉などに焦点を当てて論じてきました。でも、そもそも、人の感情の動きや出来事に大きいも小さいもないのかもしれない。どんなにちっぽけな悩みや喜び、怒りでも、当人にとっては全部大きいし、大切です。たとえ声を張り上げなくても心はざわつきまくってる。そんな映画が大好きです。「みんななんとか生きている」んです。一生懸命くだらないことに悩みながら。
『女っ気なし』は58分というとても短い映画ですが、その中にもしっかりと余白やゆるさが残されています。また、芝居を生っぽく撮るための技術も凝縮されていて。例えば、部屋の中は広い画角を用いずに、基本的には動いている人物を追うだけだったり。シンプルだけどリアリティのある表現になっています。ああ、俺も60分の映画を量産したいな。この連載は最終回ですが、次は映画館かどこかの街でお会いしましょう。
今泉力哉
1981年生まれ。2010年『たまの映画』で長編監督デビュー。2019年『愛がなんだ』が話題に。その他の作品に『his』『あの頃。』『かそけきサンカヨウ』『街の上で』『猫は逃げた』『窓辺にて』『ちひろさん』など。最新作は豊田徹也原作、真木よう子主演の『アンダーカレント』。
Photo:Masahiro Nishimura(for Mr.Imaizumi) Composition:Kohei Hara
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映画監督 今泉力哉のオフビート映画に惹かれて