▼ WPの本文 ▼
骨染 第9回
『羊の木』
原作/山上たつひこ 作画/いがらしみきお 講談社/全5巻 1・2巻¥713、3〜5巻¥723
『がきデカ』(秋田書店)の山上たつひこが原作、『ぼのぼの』(竹書房)のいがらしみきおが作画を担当し、2011〜14年にわたって『イブニング』(講談社)にて連載。元受刑者を地方都市へ移住させる政府の極秘プロジェクトの試行都市となった港町を舞台に、複雑に絡まり合う人間関係と、そこで巻き起こるさまざまな事件を描く。
隠れていた生理的な嫌悪感が
あふれ出す瞬間にゾクリ
僕はつねづね、「笑い」をよく理解している人は、恐怖や嫌悪感といった他の感情をコントロールすることにも長(た)けているのではないかと感じています。人間にはさまざまな感情の“ツボ”のようなものがあって、笑いのツボを的確に押せる人は、他の感情を引き起こすためのツボも巧妙に刺激することができるのではないかと。今回『羊の木』という漫画を読んで、より一層その思いを強くしました。
『羊の木』は、山上たつひこ先生が原作、いがらしみきお先生が作画を手がけたサスペンス作品。両先生ともギャグ漫画家として有名ですが、この作品では笑いの要素を残しつつ、不穏でシリアスな一面をのぞかせています。
作品の舞台となっているのは、高齢化や過疎化といった深刻な問題を抱える地方の港町です。市長の鳥原は、元受刑者を地方都市に移住させるという政府の極秘更生プロジェクトに賛同。市民には何も知らせず、過去に凶悪犯罪をした11人を新しい住民として受け入れることになります。
僕がこの漫画を読んで考えたのは、人間関係における生理的な“相容(あいい)れなさ”について。作中では、元凶悪犯が人を助けたり、善良であるはずの一般市民が人間関係を拗(こじ)らせたりします。そこに過去の経歴はあまり関係ありません。現実でも同様に、過去に罪を犯していたとしてもわかり合える人もいれば、特に何かをされたわけでもないのに生理的に仲よくなれない人もいると思うんです。これは感覚的なものなので、自分ではどうすることもできません。そして視点を変えれば、僕自身も他者から生理的に好き嫌いを判断されている可能性があるということになります。例えば、僕が「ヒゲを伸ばしているから」という理由で人から生理的に嫌われているとしたら、それに自力で気づくことはできず、どれだけ仲よくなろうと他の部分で歩み寄っても決して受け入れてもらえないでしょう。そういったことを考え始めてしまって、『羊の木』を読んでいる間はずっと居心地の悪さを感じました。
特にゾッとしたのは、ある夫婦の会話シーンです。元受刑者から危害を加えられるのではないかと怯(おび)える夫。しかし、その様子を見ていた妻から、「あなたも私に同じことをしたじゃないか」と、過去の事件の証拠品らしきネックレスを突きつけられます。
多様な価値観を持つ人々が生きる社会では、生理的な“相容れなさ”に蓋(ふた)をしながら人間関係を築かなくてはならないこともあるはずです。しかし、ふとした拍子にその嫌悪感があふれ出す瞬間があります。この場面ではそれが見事に捉えられていて、しっかりと恐怖のツボを刺激されてしまいました。
TaiTan
ヒップホップグループDos Monosのラッパー。Podcast番組「奇奇怪怪」やTBSラジオ『脳盗』のパーソナリティも務めている。Podcast番組を書籍化した『奇奇怪怪』が発売中!
Title logo:Shimpei Umeda Composition:Shunsuke Kamigaito
▲ WPの本文 ▲
TaiTanの骨染漫画読破録