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9作目
ロバート・レッドフォード
『普通の人々』
TM and ©︎1980 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
監督/ロバート・レッドフォード 出演/ドナルド・サザーランド、メアリー・タイラー・ムーアほか 発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント Blu-ray¥2,075
シカゴ郊外に住むジャレット一家は、家族4人でごく平凡だが不自由なく幸せな毎日を送っていた。しかしある日、長男バックと次男コンラッドが湖でボートに乗る中、嵐による転覆事故に遭いバックは帰らぬ人に。この事故をきっかけに、徐々に心が離ればなれになっていく家族たち。兄に劣等感を抱くコンラッドと、そんな彼に対してどこか冷たい接し方をする母親ベスの、悲しみとの向き合い方にも注目したい。
わかりやすさのために登場人物の
生き方に嘘(うそ)をつかない
名俳優のロバート・レッドフォードが監督を務めて、1980年度のアカデミー賞作品賞にも輝いた『普通の人々』。長男を事故で亡くしてしまった父と母、次男の一家が中心に置かれ、それぞれの方法で悲しみと向き合ったり、心が通じ合わずに家庭に亀裂が生まれていったりする姿を緻密に描く映画です。すごくつらくて簡単な解決にたどり着かない物語だけど、こういう映画にこそ勇気をもらえるんですよね。
まず映像のつくり方としては、おしゃれで派手な表現というのは特になくて基本的に役者の芝居を撮ることを突き詰めた作品だと思います。長回しというよりはカットバックで細かくつないだりしているけど、少ない登場人物の会話を丁寧に撮っている印象がずっと続きます。
細かい描写の中で特に好きなのは、次男のコンラッドが同級生のジェニンとデートをしている中で不意に気まずくなってしまうシーン。ファミレスでごはんを食べながら、コンラッドが自殺未遂に及んだ過去を精神科の先生以外で初めて人に打ち明ける。その話の最中、店に元気な輩(やから)が乱入してきてジェニンは不意に笑ってしまいます。そのことに傷ついてしまうコンラッドと、「そういうつもりじゃなかったのに」という顔をするしかないジェニン。この場面は、日常生活でいくらでもあるだろう小さな感情の動きを、映画の中にうまく取り込んでいます。状況を説明せずに芝居や表情だけで見せている場面が多く、登場人物の感情がひとつに定まらずに複雑に見えるのがこの映画の魅力のひとつですね。
この連載でいう「オフビート映画」とは何なのか。まだまだ明確な定義はありませんが、ひとつ思うのは、ある種のポップさやわかりやすさから距離を置いている作品に惹かれるということ。この映画のラストも、ベタにエンターテインメントを突き詰めるならば「挫折から立ち直って最後は成功を収める」といったハッピーエンドも選択肢にはあると思う。でも、そうした安易な結末に落とし込めないのが人生でもあって、映画はフィクションではあるけれど、登場人物の生き方や性格に嘘がないのがこの映画の豊かさだと思います。映画が終わった後も、大変なことや楽しいことがありながら彼らの人生が続いていくのがわかる。
説明描写が少ない映画だからこそ、理解できない、わからない感情も劇中にあって。長男の葬儀の日に気が動転していたという父が、そんな中で自分が着ていた服の色を気にして指摘してきた当時の妻の行動を責めるところ。最後には妻が夫にハグするんですが、そのセリフと一連の流れがちょっと不思議で。みんなの解釈も聞いてみたいです。あれ、俺は理解できてなくて。見終わってから「あれってどういう感情だったんだろう」と考えたり議論したりできる映画は理想ですね。人間を見つめて撮るだけでこんなに面白くなるんだと感心したし、自分がめざしたいのもこういう映画ですね。
次回は『人のセックスを笑うな』。
今泉力哉
1981年生まれ。2010年『たまの映画』で長編監督デビュー。2019年『愛がなんだ』が話題に。その他作品に『his』『あの頃。』『かそけきサンカヨウ』『街の上で』『猫は逃げた』『窓辺にて』『ちひろさん』など。豊田徹也原作、真木よう子主演の最新作『アンダーカレント』が現在公開中。
Photo:Masahiro Nishimura(for Mr.Imaizumi) Composition:Kohei Hara
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映画監督 今泉力哉のオフビート映画に惹かれて