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【鈴鹿央士の偏愛映画喫茶vol.26】新鮮な驚き! 韓国映画の名手、ホン・サンス『逃げた女』

【鈴鹿央士の偏愛映画喫茶vol.26】新鮮な驚き! 韓国映画の名手、ホン・サンス『逃げた女』

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鈴鹿央士 連載 鈴鹿央士の偏愛映画喫茶 
発表

 友だちから「ホン・サンスという監督さん、すごくいいよね」と聞いて、最初に観たのがこの『逃げた女』。ズームアップをはじめ、色んなカットが面白い。そしてフィクションというより、ドキュメンタリーのようで斬新です。セリフも作られた感じのしない、実生活で自然と交わされているような会話ばかりで、“なるほど、こういうのもアリなんだ!!”と思わされました。

鈴鹿央士 おすすめ 映画

『逃げた女』
ブルーレイ:¥4,800(税抜) 発売中
発売:ミモザフィルムズ/販売元:オデッサ・エンタテインメント
© 2019 JEONWONSA FILM CO. ALL RIGHTS RESERVED


淡々とした映像と会話から立ち上がる、この上もないリアリティー

 まず冒頭から、“え、これって、どういう映画なんだ!?”と戸惑いました。庭いじりをしている女性のそばを若い女性が通りかかって、就活がどうこうと他愛のないお喋りが始まるんです。どういう関係なのか、2人の距離感も分からないままいきなり。思わず「大丈夫かな、この映画!?」と不安になりましたが、このシーンは象徴的でもあって、作品全体が面白いんです。

 主人公のガミは、結婚してから5年間、「好きな人とはずっと一緒にいるべき」という夫と離れたことがない女性で、夫の出張中に初めて、色んな先輩や友達を久しぶりに訪ねて回る、という物語です。ガミが最初に訪ねるのが、冒頭で庭いじりをしていた女性でした。今は夫と離婚して、郊外の一軒家で女友だちと一緒に住んでいる先輩のヨンスンです。

 二人の会話は淡々としたペースで進みます。日本人的な「つまらないものですが…」の逆をいくように、ガミは「いいお肉を買って来た!」とお土産を渡すのですが、ヨンスンは「本当はベジタリアンになりたかったんだよね。だから、これを最後にする」って(笑)。え、なんか悪いことしちゃったな、みたいな気持ちに僕がなりますよね。他にも「え?」と思うような発言が結構あるのですが、その独特な雰囲気ゆえなのか、全然見飽きないんです。

 近所の男性が、「泥棒猫に餌をあげないでくれ」と抗議に来る場面も、すごく面白かったですね。ヨンスンと同居している若い女性が応対するのですが、何を言われても「自分たちは猫を子供だと思っているから、餌をやめることはできない」と、やんわり言いつつ絶対に引き下がらない(笑)。ここの会話での戦いも面白かった。

 最終的に先輩もガミも出て行って、3対1になって男性は帰っていくのですが、その時猫が、また最高にいい演技をするんですよ! 「ご飯、持ってくるからね」とドアが閉まる音に反応したり、じっとおすわりしたままの猫にゆっくりカメラが寄っていったり。それも妙に面白くて、この立ち話シーンはすごく印象に残りました。


4人の女性それぞれの「生き方」、そして男性の存在とは?

 本作は3話構成ですが、なぜか登場する男性たちは、ほぼ背中しか映らない(笑)。次にガミが訪ねるのは、独身生活を謳歌しているスヨン先輩。近くに芸術家ばかりが集まる飲み屋があり、そこで建築家と出会って新しい恋が始まるかも、と。その話の最中に、詩人の青年がピンポ~ンとやって来るのですが、スヨン先輩から「ストーカー、もう来るな!」と追い返される。それをガミが、インターホン越しにまた覗いているんです(笑)。

 最後にガミは、映画館で旧友のウジンに再会するのですが、どうやらガミが昔付き合っていた“先生”と呼ばれる映画監督と結婚したのがウジンらしい。昔のことはハッキリとは描かれないのですが、多分、“先生”は元カレで、ガミはその元カレに会いたくて映画館に行ったんじゃないかな、と僕は思いました。それまで先輩たちと色々とお喋りをしてきた中で、元カレを思い出して会いたくなったのか、最初から行くつもりだったのかは分からないですが……。


 ウジンと会ったあと、“先生”が煙草を吸ってるところにガミが通りかかって言葉を交わすのですが、なんとなく“先生”の自分勝手な感じが伝わって来るというか、会話のやりとりで「あれ!?」と思わせる感じがありました。“先生”はちゃんと顔も映るけれど、やっぱり他の男性たち同様、いいイメージはなかったです。

結末も結論もないストーリーが投げかけるものを、結婚後にも確かめたい

 話の上でしか登場しないガミの夫も、「愛する人とはずっと一緒にいるべきだ」と言っていること以外、見えてこない。しかもそれをガミは再会した3人に繰り返し言うのですが、あんまり幸せそうじゃないんですよね。幸せだと言いながら、それが当たり前になってしまっているからなのか、ノロけているようでそう聞こえない。結局、昔の先輩や友人を訪ね歩くこの数日は、ガミの自分探しの旅なのかな、と思ったりしました。あるいは、先輩たちと色んなことを喋っている途中で、何かに気づいちゃったのかな……とか。


 本作は僕が“韓国映画”に持っていたイメージを大きく覆してくれました。韓国映画というと、もっと感情の起伏が激しくて、感情描写ももっと荒々しいイメージがあったんです。だから、こんなに静かな映画だとは思ってなくて、ちょっとビックリしました。音楽もほとんど使われていなくて、章と章の間やガミが話す人が変わる時くらいしか入らない。それも驚きとともに良かったな、という印象が残っています。

 だから僕が結婚した後に、本作をもう一度、観てみたい。確かに結婚って、自分の生活の中に誰かの意見や考えや習慣がずっと入ってくるわけですよね。それって、ある意味、自由じゃないとも言える。そういう状態で本作を観たら、また違うことを感じるのかな、と思って。友達が、ホン・サンスの初期作が好きと言っていたので、そっちも観てみようと思います。

 果たしてガミは何から“逃げた”のか。ガミはこの先、どうするのか。その答えもハッキリさせないのが、いい感じ。色んな場面や会話について、“こういうことなのかな!?”と自分で考える余白や時間が劇中にたくさんあるんです。何のために背景の“山”がズームアップされるのか、とか。きっと想像力のある人ほど、この作品は面白い観方が出来るんだろうな、と思いました。

鈴鹿央士 映画 個人的なツボ

 ほとんどの会話をワンカットで撮っているのですが、だからこそリアルというか、より会話に入り込ませるのかな、と思いました。どうやって撮っているのか、どうやって演技しているのか、色々考えさせられて。“あぁ、お芝居ってこれくらいでいいのかな”と思ったり。本当に日常を覗き見ているような、よりナチュラルに見せる味付けの薄さみたいなものが、すごくいいなぁ、と。いや、薄いとか感じさせないくらいのナチュラルさ、絶妙な匙加減はどうやって作られているのかな、と。果たして台本通りのお芝居なのか、どこまで台本に書き込んであるのか。俳優さんたちが淡々とすごく正確にお芝居されている、という印象もありました。会話に入って来る小さな相づちなども、演出なのか、アドリブなのか……ドキュメンタリーのようにさえ感じられるリアルなお芝居がスゴイ。そういう演技が僕にもできるのかちょっと怖いですが、ホン・サンス作品、いつか僕も挑戦できたらいいな、と思いました。

『逃げた女』(2020/韓国)
結婚してこれまで5年間、ガミ(キム・ミニ)は夫の「愛する人とは何があっても一緒にいるべき」という言葉に従い、これまで一度も離れたことがない。そんな夫が出張することになり、その間の数日間、ガミは久々に外に出て、ソウル郊外に住む女友達や先輩を訪ね歩くことに。すると少しずつ、ガミの中で何かが変化し――。女同士のお喋り、こぼれる本音を活写した会話劇。独自の世界観や独特のスタイルで人気を博してきた、韓国のホン・サンスによる24作目。第70回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(最優秀監督賞)を受賞。ホン・サンスと7作目のタッグを組む、プライベートでもパートナーであるキム・ミニ主演。


新しいドラマ「ゆりあ先生の赤い糸」の撮影が始まりました! 初めましての大先輩も多く、日々緊張しています。初めて男性を愛する役を演じます。なんとお相手は、田中哲司さん。相手を“好き”という感情の中に、僕の中で生まれてくる“好き”にまだ“友情”的な感覚が色濃く残っている気がします。しかも現場ではまだ恋愛のドキドキより、緊張のドキドキの方が強くて(笑)。そして『蜜蜂と遠雷』でご一緒した松岡茉優さんと、再びお会いできるのも、すごく楽しみなんです!

Text:Chizuko Orita

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