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現在、世界から熱い視線が注がれているタイのエンターテイメント。メンズノンノでも取り上げてきたドラマの爆発的ヒットを皮切りに、音楽にも注目が集まり、昨年はタイの音楽レーベル・HIGH CLOUD ENTERTAINMENTとLDH JAPANのパートナーシップ契約が発表された。
音楽ファンを大いに賑わせたビッグプロジェクトの目的は、「ONE ASIAとして、アジアの音楽をグローバルスタンダードにすること」。そう会見で語ったのは、HIGH CLOUD ENTERTAINMENTの設立者で、タイ屈指の人気を誇るラッパーのF.HERO(エフ・ヒーロー)。国内外で幅広い人脈を持ち、アジアの音楽シーンを牽引する一人だ。
そんな彼が先月、LDHによるプロジェクト『BATTLE OF TOKYO』のライブに参加するために来日し、インタビューが実現。アメリカのヒップホップを聴いたことがないままラッパーになった異色の経歴から、レーベル設立に至った経緯や、「ONE ASIA」にかける想い、最新曲でコラボレートした人気俳優Win Metawinとのエピソード、人生哲学までを、たっぷり語ってくれた。
F.HERO SPECIAL INTERVIEW
「真っ白な状態だったからこそ
自分らしいスタイルを確立できた」
ーータイ北部の街で生まれ育ち、10歳の時にヒップホップを知ったというF.HEROさん。20歳のときに、幼い頃から聴いていたタイのラッパーJoey Boyさんと仕事する機会を得て、デビューにつながったそうですね。音楽界で活躍するきっかけは、どのように掴んだのでしょうか?
僕が生まれ育ったメーサーイは、ミャンマーとの国境にある小さな町。子供の頃はインターネットが普及していなかったため、ニュースすらもあまり入って来ないような環境で、海外のアーティストの曲を聴く機会はありませんでした。そんな中でJoey Boyさんのカセットテープを手に入れ、夢中になって聴いていましたね。現代のCDのように歌詞カードが付いてなかったから、歌うために、自分で歌詞を書き出して。Joey Boyさんのラップはテンポが速いので、真似するうちに自然とラップのスキルが上がりました。
いつしか、「ラッパーになってJoey Boyさんと一緒に仕事がしたい」と思うようになった僕は、デモテープを作ることに。もちろんレコーディングスタジオなどはなく、テープレコーダーで一つずつ音を録音しては重ねる地道な作業を繰り返し、5曲を制作しました。デモテープを手にバンコクへ向かい、Joey Boyさんが出演するテレビ番組の収録に合わせて出待ちをして渡しました。
後日、Joey Boyさんから連絡があり、それを機に僕のキャリアがスタート。彼は僕にとっての師匠であり恩人。Joey Boyさんがいなければ今の僕はない、という想いを、「Joey’s Boy」という言葉として腕に刻みました。これは、僕の体に入っている唯一のタトゥーです。
ーー以前のインタビューで、アメリカの音楽を知らなかったことがプラスになったとおっしゃっていましたが、それはなぜですか?
僕がアメリカのヒップホップに初めて触れたのは、音楽の仕事を始めてから。当時、多くのラッパーが憧れていたDr.Dre(ドクター・ドレ)やBeastie Boys(ビースティ・ボーイズ)、Snoop Dogg(スヌープ・ドッグ)らの楽曲を一切、聴いたことがなかったんです。恵まれない環境にあったためですが、だからこそ影響を受けずに、自分らしいスタイルを確立できた。真っ白なキャンバスのような状態でラップを学べたので、すごくラッキーだったと思います。
ーー日本の音楽にも詳しく、Zeebraさん、UZIさんら多くのアーティストと交友があるそうですね。
Joey Boyさんを通じてブルックリン・ヤスさん(市村康朗)と知り合い、彼から日本のヒップホップを紹介してもらいました。彼が設立したフューチャー・ショック(日本初のヒップホップ専門メジャーレーベル)のアルバムをいただき、日本のラップの素晴らしさに感動したことを覚えています。そのご縁でZeebraさんやUZIさんとつながり、フューチャー・ショックのイベントに参加させていただいたこともあるんですよ。
ちなみにタイでは、昔から日本の音楽が大人気。僕もヒップホップに限らず、さまざまなジャンルの曲を聴いています。2000年代初頭にはJ-ROCKが大流行し、LUNA SEA、DIR EN GREY、L’Arc〜en〜Cielなどをよく聴いていましたね。特に僕はLUNA SEAの…心から〜♪(と歌って)この曲が大好きです! それから、Perfumeも。プロデューサーの中田ヤスタカさんをとても尊敬していて、いつか会えることを願っています。ぜひ、僕の音楽をプロデュースしてほしい!
「言語の壁が取り除かれた今、
クオリティで世界と勝負できる」
ーー2021年に、F.Heroさんが中心となって音楽レーベルHigh Cloud Entertainmentを設立。改めて、レーベルを立ち上げた理由を教えてください。
活動を続ける中で才能豊かな若手アーティストたちと出会い、彼らのサウンドをもっと多くの人に届けたい! と強く感じていたんです。アーティストとしての僕は、やりたかったことをやりきった。今後は彼らをサポートするための活動をしようと思い、レーベル設立を思い立ちました。
僕自身がヒップホップの枠にとらわれず、さまざまな音楽を愛することから、フリーフォームな雲(Cloud)という言葉をレーベル名に冠しました。また、国境のない空で雲が自由に漂うように、タイの音楽を世界中に広めたいという目標も含まれています。これまでBABYMETALとのコラボレーションやLDHとのプロジェクトなどを経て、タイと日本のつながりが一層深くなったと実感し、今後も積極的に取り組んでいく予定です。
ーー昨年、High Cloud EntertainmentとLDHのパートナーシップ契約が発表されました。その目的として、「タイの音楽シーンを高いランクに引き上げること、そして同じ空の下にあるアジア全体を盛り上げていきたい」と会見でおっしゃっていましたが、アジア全体の音楽シーンに着目した経緯を教えてください。
かつて私たちは、音楽には言語の壁があり、絶対に壊せないと感じていました。しかし近年、BLACKPINKやBTSがBillboardチャートを席巻し、その壁を壊してくれた。いい音楽に言語は関係ないんだ、と思わせてくれた韓国のアーティストには、心から感謝しています。
言語の壁が取り除かれた今、僕らはクオリティで勝負できる。高いクオリティに僕らの優れたアイデンティティを掛け合わせれば、必ず世界を魅了できると信じています。アジアのアーティストの皆さんと協力し合って、アジアの大規模な音楽フェスを作っていくことが僕の夢の一つです。
ーー同会見では、「自分のルーツをたえず意識することは“ONE ASIA”を達成するために必要なこと。それは非常に美しく、世界に羽ばたく上で欠かせないアイデンティティのひとつです」という発言も印象的でした。国際化や多様化が進む現代において、ルーツを意識することで、どのような影響が期待できると思いますか?
いい実を育てるためには、まず、土壌をきちんと整えることが大切ですよね。僕らも植物と同じく、根(=ルーツ)を張ることで、国際社会で活躍するために欠かせないアイデンティティ(=実)が確立されると感じています。
人それぞれに異なるアイデンティティがありますが、国や文化など、集合体としてのアイデンティティもある。そしてアジアの国々に共通するアイデンティティの一つが、音楽のメロディです。それに気づかせてくれた曲が、MINMIの『四季ノ唄』。日本語の歌詞の代わりにタイ語や他のアジアの言語をのせても、全く違和感がないんです。
その他にも、考え方や食文化など、欧米諸国にはないアジア独自のアイデンティティがたくさんある。素晴らしいアイデンティティで繋がった人々が共に協力し合えば、より優れた音楽を作れると確信しています。
「大切なのは、失敗から学び、
繰り返さないために努力すること」
ーーLDHとのプロジェクトの一つとして、BALLISTIK BOYZ とPSYCHIC FEVERがタイで武者修行を行いました。「アジア各国のアーティストと交流しながらクオリティの高い楽曲を作り、全体のレベルをさらに上げること」を目的としたこの試みを経て、どのような学び・発見がありましたか?
日本の文化を理解していたつもりでしたが、一層、その素晴らしさに気付きました。トレーニングの方法が違うため、そこから学ぶことも多かったですし、たくさんの発見がありましたが…中でも驚いたのが、彼らの謙虚さ。タイに滞在中、彼らは自分でコーヒーを買いに行き、食事をとり、バイクやタクシーに乗って移動していました。僕が何度も手配するよ、と申し出ても丁寧に断り、全て自分たちでこなしていたんです。
申し訳なく感じてHIROさんに謝ったところ、「武者修行なのだから、自分の世話は自分でするのが当然。僕も20代の頃は全て自分でやっていた」と聞き、衝撃を受けました。タイでは、アーティストの身の回りのことは全て、周りの人が行なっているので。彼らの礼儀正しさや、簡単には諦めない精神は、こうやって培われているんだなと感動。スキルだけでなく優れた内面を兼ね備えた、良いアーティストを育成するために、とても有効なプロセスだと感じました。
ーーBABYMETALやStray KidsのChangbinさん、俳優のBrigtさんやGulfさんなど、国内外の様々な人気アーティストとコラボレートしてきたF.HEROさん。最新曲『VACAY』でフィーチャリングした俳優のWinさんとのコラボレーションは、いかがでしたか?
Winとは、今回のコラボレーションをきっかけに初めて会いました。真面目で静かそうなイメージを抱いていたのですが、実際に会ってみると、とてもフレンドリー。お土産にドリアンをくれて、若いのにしっかりしているな、と感心しました。
彼の声は甘くて、耳にスッと馴染むのに印象に残る、不思議な魅力があります。「もっと上達するためにはどうしたらいいか」、「こういうことに挑戦してみたい」など、様々な相談を受けて、向上心の高さにも驚きました。少しずつ改善しながら真面目に取り組む姿勢からも、今後の活躍が期待できるアーティストの一人だと感じています。
ーー若手アーティストを育成する中で、彼らに欠かさず伝えていることや、ご自身が大切にしている人生哲学やモットーがあれば教えてください!
失敗を恐れないこと。誰にだって失敗することはありますし、失敗を恐れていては何も挑戦できず、よって成長もありません。大切なのは、失敗から学び、繰り返さないために努力すること。今日と未来のことだけを考えて、前を向いて生きていれば、必ず良い人生が送れますよ!
F.HERO’s RECOMMEND
F.HEROさんが選ぶ
タイ音楽ビギナーにおすすめ5曲!
1.『VACAY』
F.HERO x Nene郑乃馨 Ft. WIN METAWIN
7月にリリースした、Winとの初コラボ曲。彼の甘い歌声を楽しんでください。
2.『四季ノ唄』
Txrbo
タイのアーティスト、Txrboがタイ語で歌ったリミックスバージョン。MINMIのオリジナルと聴き比べてみてください。アジアの音楽の共通点を感じられるはず!
3.『NUCK LENG KAO』
TaitosmitH Feat. D GERRARD
タイを代表するロックバンドの名曲。T-ROCKの美しい音色は、世界に通用します。
4.『Cyberpunk』
BOOM BOOM CASH
BOOM BOOM CASHは、キャラクターも音も日本人好みのテイストなはず。日本のボカロと似たヴァイブスを感じます。
5.『DON’T TOUCH』
Bear Knuckle
TikTokでバズった大ヒット曲です。ヒップホップとタイのリズムをミックスした、タイ独自のサウンドに注目!
PROFILE
F.HERO(エフ・ヒーロー)
タイを代表する人気ラッパー、音楽プロデューサー。様々なジャンルと融合したオルタナティブな音楽を次々と生み出し、タイの主要音楽チャートの常連に。また、タイ国内外で様々な賞を受賞している。コラボレーションのラブコールも絶えず、2019年にはBABYMETALと『PA PA YA!!』をリリースし、ライヴでも共演。2020年には自らのレーベル「High Cloud Entertainment」を設立し、数多くのアーティストを送り出している。人気俳優ウィン・メタウィンをフィーチャーした『VACAY (feat. WIN METAWIN)』が現在ヒット中https://www.youtube.com/c/highcloudentertainment
Photos:Teppei Hoshida Interpreter:Sijutha Navawongse Interview & Text:Ayano Nakanishi Thanks to TV Asahi Corporation
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