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映画好きの俳優・浅野忠信さんが愛してやまないベストサマームービーは何? 観ると夏ならではの高揚を感じたり、どこかに行きたくなる、そんな衝動に駆られる作品を熱い語りとともに紹介してもらった。
夏は映画に神がかった
感覚的な世界を呼び込める
僕は季節の中で特に夏が好きなんです。盆踊りのときとかにそう強く感じるんですけど、どこか現実とは違う世界に迷い込んだ感覚を覚える瞬間が多いんですよ。台風の日とかもそうで。日本は「八百万の神」といったあらゆる場所に神が宿る考え方がありますが、台風の日は自然の神様が近づいてきているような人智を超えた感覚に襲われることがあって。それが妙に気持ちいいんですよね。映画はそうした神がかった感覚的な世界を描くことができる表現であると僕は信じていて、相米慎二監督の『台風クラブ』はそれを最も強烈に感じさせる作品だと思います。
『台風クラブ』
©ディレクターズカンパニー
『台風クラブ』は、中学校を舞台に、思春期の少年少女たちが抱えるやり場のない鬱屈や衝動がほとばしる映画で。それが台風の接近とともに常軌を逸していく。大雨と強風にあおられる夜の校舎で音楽に乗って踊り狂う場面とか、工藤夕貴さん演じる理恵が知らないおじさんについていく場面とかはゾワゾワしますね。自分たちの世界に入り込みすぎて、親には言えないような度が過ぎたこともやってしまう。形は違えど、自分の子ども時代に経験したこととも重なるんです。台風の夜とかって、ダメだとわかっていてもなぜか外に出てみたくなるじゃないですか。何がそうさせるのかはわからないけど、あのときの衝動は大人になってもずっと芯に残り続けている気がして。そういう不思議な感覚や夏特有の異形な世界観が、この映画には詰まっていると思うんです。
相米監督とは遺作となった『風花』で一度だけご一緒したんですよね。会う前は怖くて偏屈な監督だって噂に聞いてたからオファーが来たときは「めんどくさいことになった…」とか思ってたんですけど(笑)。でもみんなにこれだけは知ってほしい。映画監督の中で相米さんがナンバーワンだと思っています。
僕も少なからず俳優の仕事を続けてきていろんな監督と仕事をしましたけど、今言ったような神がかった感覚をカメラに捉えられる人は少ないんです。それは型にはまったように映画を撮る人が増えたからだと思っていて。現代はあまりにも先行のモデルがありすぎるから、それを追いかけるのが当たり前になっちゃったじゃないですか。でも相米さんの時代やもっと昔には、憧れる対象もなければ配信みたいに簡単に見返す手段もなかったわけです。そうすると、1回観たものを心に焼きつけたり、自分の内からあふれる気持ちだけでがむしゃらに映画を撮ったりすることになる。でもそうした得体の知れない熱こそが、一番映画に注ぎ込まれるべきものだと思っています。
相米さんの特徴は、カメラを回す前にとにかくリハーサルを何度も繰り返すことです。俳優が何かをつかむまで徹底的に待つ。嘘の世界ではなくて、本当の何かが生まれるまで待つんです。普通の現場ってこの真逆で、「ここに座って、こういうふうに演じてください」と指定されて素早く形式的に進められることが多い。技術スタッフの調整により多くの時間をかけることも一般的です。でも映画に映っているのは俳優だから、この人たちが生き生きしてないと表面的な描写になってしまう。編集でなんとか面白おかしくすることはできるかもしれませんが、それだと神がかったものを捉えることはできないんですよね。相米さんには「浅野くんは一番最初しかよくなくてあとはダメになるから、とにかく最初を繰り返して」って何度も言われたりしましたが(笑)、自分が「いい」と思った演技は記憶させてパントマイムしないといけないという重要なこともそこで学びました。この『台風クラブ』にも、子どもたちの嘘のない一瞬一瞬が閉じ込められていると思います。
僕の映画デビュー作だった『バタアシ金魚』も、今思えば得体のしれないエネルギーで突き進んだ現場だったかも知れませんね。もともと原作のマンガが好きで、「僕の思う『バタアシ金魚』のウシはこれです」っていう思いをぶつけたんですけど、覚えているのは撮影初日の出来事です。その日の撮影が水泳大会のシーンで。興奮しすぎて前日に一睡もできなかったもんだから、撮影が始まってプールに飛び込んで泳いでいたら貧血で倒れたんですよ。そのまま保健室に連れていかれて、寝てたら今度はお腹が痛くなってきて…。トイレにこもってたんですが、みんなが「ウシくんいなくなった!」って捜してるんです。でも、この状況では撮影には戻れないと思って隠れてました。やりたくない仕事はやらないという、初心を思い出す映画です(笑)。
夏の撮影自体はかなり好きですね。夏に撮影すれば、それだけで必ず不思議な世界が映り込むとすら思っていて。だからいつもワクワクするんです。
この作品もおすすめ!
©1990日本ビクター
『バタアシ金魚』
「俺以外の誰がやるんだという気持ちで、オーディションに行った記憶があります」。発売・販売元:オデッサ・エンタテインメント DVD¥4,180
『スタンド・バイ・ミー』
「少年時代の好奇心と冒険心を思い出す映画です!」。デジタル配信中。発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント Blu-ray¥2,619
Text:Kohei Hara Shunsuke Kamigaito
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