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夏を舞台にした映画の中でも、フランス特有のバカンスを捉えた作品はひときわみずみずしい。僕たちがバカンス映画に恋してしまう理由を、批評的な観点とフランスの映画監督の視点から考える。
映画批評家・三浦哲哉に聞く
バカンス映画とは何かーー
その歴史と現在形
そもそも「バカンス」ってなんなの? バカンス映画で絶対に観ておくべき作品は? 映画批評家の三浦哲哉さんが、歴史的・文化的な背景からバカンス映画の魅力を語る。
人々の邂逅と生の喜びを誘発する
バカンス映画のなせるマジック
夏に長期休暇をとって海や川で余暇を満喫するバカンスは、20世紀前半に広まったいかにもフランス的な文化です。1950年代後半からは、若い映画作家たちが古い撮影所から飛び出し、都市や自然のただ中で自由な映画を作る運動が起きました。ヌーベルバーグ(新しい波)です。それが、普及しつつあったバカンス文化と幸福な出会いを遂げ、エリック・ロメールやジャック・ロジエ、ジャン=リュック・ゴダールといった映画作家の傑作バカンス映画が生まれました。ゴダールが65年に製作した『気狂いピエロ』には1組の男女がパリでの窮屈な日常から抜け出し南仏に向かう物語が描かれていて象徴的ですね。
しかしヌーベルバーグ以前に、撮影所の外で自然を撮ることに力を注いだ映画監督が存在していました。それが、最も偉大なフランス映画作家だといわれるジャン・ルノワールです。36年に撮影された素材をもとに46年に公開された『ピクニック』は、自然と人との伸びやかな戯れを描いた宝石のような名作。ルノワールは「川辺にいるときに頬をなでる風と、その風が自らにもたらす生きる喜びを映画に収めたい」といった言葉を残しています。バカンス映画では、人々が美しい自然に触れるうちに自分の内と外の境界を取り払い、恋に落ちたり感覚が開かれたりしていくさまが描かれていくのです。それは日常生活では経験しがたい時間なんです。
21世紀に入ってからはバカンス映画も多様化します。ジュリー・デルピーやミア・ハンセン=ラブといった女性の監督がみずみずしい佳作を撮り、ギヨーム・ブラックの『みんなのヴァカンス』には、さまざまな人種や社会的背景を持つ人々が登場します。パリの街中では交わらないかもしれない人と人が、水辺に集うことで次々に邂逅を果たしていく。これもバカンス映画のなせるマジックです。
1.フランスにおける「バカンス」
フランス文化では、伝統的に太陽の光に対する欠乏感と憧れが描かれてきました。首都のパリや北部の街は夏のひとときを除いて暗く寒々しい時期が続くから。パリでは一軒家ではなく狭い集合住宅に住む生活が一般的なので、そうした窮屈な空間から解放されたいという思いも相まって、余暇を海や川で過ごす習慣が定着。1936年に法制度として年間2週間の有給休暇が認められ、56年に3週間、69年に4週間、82年には5週間に延長されました。
2.1950年代の革新的な映画運動
有給休暇の期間が延長された1950年代〜60年代は、フランス語で"新しい波"を意味する「ヌーベルバーグ」という映画運動が起こった時期とも合致しています。旧来のスタジオセットからロケ撮影へ移行し、監督たちだけでなく俳優たちも一挙に若返ったことで、より自由でのびのびとした映画づくりが志向されました。その撮影手法はバカンスととても相性がよく、若い映画作家がこぞってバカンスを主題にした映画を撮り始めたんです。
3.ひと夏の刹那的な恋
バカンス映画作家の代表格であるエリック・ロメールは、『緑の光線』においてマジックアワーの太陽の光に、人生におけるかけがえのない一瞬を閉じ込めました。バカンス映画では偶然すれ違った人と運命の恋に落ちる展開が描かれることも多いです。しかし、バカンスの時間は、非日常的で、はかなく過ぎ去ってしまうもの。それゆえ優れたバカンス映画には、人生の一回性を際立たせる美しい瞬間と終わりゆく切なさが同居しているんです。
代表的なバカンス映画
『ピクニック』
@AFLO
ヌーベルバーグの作家たちから映画の父として敬愛されたジャン・ルノワール。男女の愛のきらめきや叙情、樹木の色や水面の輝きが40分に凝縮され、奇跡の映画と名高く評価されている。
『気狂いピエロ』
ⓒ1965 STUDIOCANAL IMAGE./ SOCIETE NOUVELLE DE CINEMATOGRAPHIE /DINO DE LAURENTIS CINEMATOGRAPHICA, S.P.A. (ROME) – ALL RIGHTS RESERVED.
『勝手にしやがれ』のジャン=ポール・ベルモンドが主演。「ピエロ」と呼ばれる主人公が、南仏への逃避行の中でどんどん破滅へと向かっていく。発売・販売元:KADOKAWA Blu-ray¥2,200
『スカイラブ』
©Capital Pictures/amanaimages
『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離〈ディスタンス〉』などで女優としても活躍するジュリー・デルピーが監督。フランス・ブルターニュ地方を舞台に、バカンスを過ごす大家族が描かれる。
『みんなのヴァカンス』
©2020 – Geko Films – ARTE France
主人公のフェリックスは、ある夏の夜にアルマと出会い夢のような時間を過ごす。しかし翌日にアルマは家族とバカンスへ。それを追ってシェリフやエドゥアールと南仏をめざすのだが…。
教えてくた人
ミア・ハンセン=ラブ監督に聞く
夏の思い出とバカンスを描く理由
『グッバイ・ファーストラブ』や『ベルイマン島にて』などで、バカンスや自然を描いてきたミア・ハンセン=ラブ監督。バカンスが映画にもたらすものとは。
退屈な時間こそが想像力を刺激する
子ども時代の忘れられないバカンス
子どもの頃、毎年のようにフランス南部の田舎町に行ってバカンスを過ごしていた記憶は、今でも鮮烈に思い出されます。南東部の山岳地帯にあるロワール川で何度も体感した、水の冷たさや虫の鳴き声、自然にあふれた野性的な風景…。
私は両親と一緒にパリの中心部に住んでいたのですが、その一帯は路上生活者や貧困層がよく目につくような寂しい雰囲気もある街でした。色で言えばグレーがかった都会と、ひと夏の間過ごすバカンスの風景はすごく対照的だったんです。ただ、田舎町で長いバカンスを過ごしていると幼心に「退屈だな」と感じることもあって、一緒にいた、いとこと文句を言っていたんですよね。それを聞いた私の父親が教えてくれたのは「退屈こそが想像力を育ててくれるんだ」ということでした。今はその意味がよくわかります。自然の中で過ごしたあの時間こそが、私のイマジネーションを育ててくれたんです。
私が映画の中でバカンスや自然を描く際は、できるだけ子ども時代の幸せな体験と結びつけたいという思いがあります。永遠に子どものままで生き続けたいという願望があって、そこに立ち返る意味でも描くことが多いです。例えば、『グッバイ・ファーストラブ』という映画では、私が経験した初恋を下敷きに、ロワール川の風景なども登場させながら人生のドラマを描きました。
しかし、最新作の『それでも私は生きていく』では、あえて自然の描写をかなり限定的にしたんです。それは、シングルマザーとして仕事と子育てにいそしんできた主人公が父親の介護に追われるようになったときに、そうした人生の困難に対して、自然へ逃避するのではなくまっすぐ立ち向かう姿を描きたいと思ったからです。太陽の光や豊かな自然も一部では描いていますが、それ以上に、彼女が日常を生きる姿にスポットを当てています。
バカンス映画の中で、私はエリック・ロメール監督の『緑の光線』から多くのものを受け取りました。特に、バカンス特有のメランコリーを大事に描いていると思って。バカンスは誰にとってもただ楽しいだけではなく、例えば誰かとの別れや死の直後など、その人が置かれている状況によっても意味合いが変わってくる。そうしたコントラストは私も描きたいと思っていることです。
ミア・ハンセン=ラブ監督の
おすすめバカンス映画
『緑の光線』
©1984 – LES FILMS DU LOSANGE – C.E.R. COMPAGNIE ERIC ROHMER
エリック・ロメール監督と女性スタッフ3名のもと、16㎜カメラで即興的に撮られた。台本もなく、各地を移動しながら撮影していくスタイルで、あるひとりの女性が過ごす夏の体験が描かれる。発売元:シネマクガフィン 販売元:紀伊國屋書店 DVD¥5,280
『最後の休暇』
「日本では有名ではないかもしれませんが、青年期の終わりの美しいバカンスを描くステキな映画です」。ロジェ・レーナルト監督による1947年製作の映画。高校生のジャックは、南仏にある売却が決まった先祖代々の領地で、親族そろっての最後の休暇を過ごす。
最新作もチェック!
『それでも私は生きていく』
悲しみと喜び、正反対の状況に直面するひとりの女性の心の機微を繊細につづるヒューマンドラマ。主人公サンドラをレア・セドゥが好演。配給:アンプラグド 全国公開中。
映画監督
ミア・ハンセン=ラブ
1981年、フランス・パリ生まれ。『8月の終わり、9月の初め』などで俳優としても活躍する傍ら、2006年に『すべてが許される』で長編映画監督デビュー。『未来よ こんにちは』で第66回ベルリン国際映画祭の銀熊(監督)賞を受賞した。
必見バカンス 映画リスト
フレンチコメディや隠れた名作、アジア映画で 描かれるバカンスなど…バカンス映画が さらに好きになる5作品をリコメンド!
『ぼくの伯父さんの休暇』
©1953 / Les Films de Mon Oncle – Specta Films C.E.P.E.C.
フランスの喜劇監督、ジャック・タチの長編2作目は、代名詞であるキャラクター"ユロ氏"の7日間のバカンスを描く。大勢の人々がバカンスを楽しむ海辺のリゾート地に、ポンコツ車に乗ったユロ氏がやってくる。チロル帽にパイプをくわえ、個性的な歩き方をするユロ氏は行く先々で騒動を巻き起こし…。U-NEXTなどにて配信中。
『アデュー・フィリピーヌ』
©1961 Jacques Rozier
ヌーベルバーグの最重要人物とも言われるジャック・ロジエの幻の傑作。主役の3人の若者に素人を起用、商業映画としては実験的な撮影方法のため製作は難航したというが、フランソワ・トリュフォーを含む批評家たちに絶賛され名声を獲得した。ユーロスペースでの特集上映「みんなのジャック・ロジエ」にて7月29日より公開。
『憂鬱な楽園』
©AFLO
40歳も間近だというのにその日暮らしを続けている台湾のチンピラ、ガオ。弟分の青年ピィエンはトラブルを起こしてばかりで、彼とその恋人マーホァの2人がガオの頭を悩ませていた。そんなガオにも海外でひと旗揚げたいという夢があったのだが…。台湾ニューシネマの名匠、ホウ・シャオシェン監督によるロードムービーの傑作。
『女っ気なし』
©Année Zéro – Nonon Films – Emmanuelle Michaka
夏の終わり頃、パリからフランス北部の小さな海辺の町へ母娘がバカンスを過ごしにやってくる。彼女たちに自分が管理するアパートを貸すことになったさえない独身男性シルヴァンは、母娘と一緒に買い物や海水浴に興じて楽しい夏の日々を過ごすが、それも長くは続かず終わりが近づき…。ギヨーム・ブラック監督が描く58分の中編。
『3人のアンヌ』
©Kino International/Everett Collection/amanaimages
エリック・ロメールからの影響も公言する韓国のホン・サンス監督が、フランスの名女優であるイザベル・ユペールを主演に迎えた作品。韓国の海辺の街へバカンスに訪れた「アンヌ」という同じ名前を持つ3人のフランス人女性。彼女たちがそれぞれある地元のライフガードと出会って、言葉の壁を越えた恋愛模様が展開していく。
Photos:Kyouhei Yamamoto Illustrations:Shigeo Okada Text:Kohei Hara Shunsuke Kamigaito
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