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6作目
増村保造(ますむらやすぞう)
『妻は告白する』
監督/増村保造 出演/若尾文子、川口 浩、小沢栄太郎、馬渕晴子ほか 発売・販売元:KADOKAWA DVD¥3,080
登山中に崖から転落死した男をめぐり、その妻である彩子、男の仕事仲間である幸田が裁判で真実を追及される。その一方で、彩子と幸田の関係から「人を愛すること」の狂気性や切実さに迫っていく…。イタリアで映画を学んだ昭和の名匠・増村保造の代表作。彩子を演じた若尾文子とは『青空娘』から始まり計20作品でタッグを組む間柄で、この映画ではそんな彼女が、周りを気にせずどこまでも自らの愛に突き進む女性像を鮮烈に演じている。
“熱量の高い表現”でしか
伝えられない面白さがある
この連載ではこれまで5回にわたり、オフビート映画のすばらしさを語ってきました。描かれる時間や感情ができるだけミニマルで、撮影技法や俳優の演技なども足し算ではなく引き算の美学で構成された作品たち。私がつくる映画はそうしたオフビート映画の系譜に連なるものだと自負していますが、だからといって「映画とはオフビートであるべき」なんてことはまったく思っていません。オフビート映画とは真逆のものを仮に「オンビート映画」と呼んだときに、私には好きなオンビート映画がたくさんあるし、それを撮れないことへの悔しさがある。今回はあえてオンビート映画を取り上げることで、映画の豊かさ、奥深さを再確認したいと思います。
増村保造監督の『妻は告白する』は、ちょうど『サッドティー』を撮り終えた頃に映画祭の特集上映で観ました。『サッドティー』には「『ちゃんと好き』って、どういうこと?」というコピーがついていますが、その問いに対する答えがここにあります(笑)。いつか2本立てで上映してほしいです。
映画は、増村映画常連の若尾文子が演じる滝川彩子という女性が法廷に入っていく描写から始まります。彩子はある日、夫と、夫の仕事仲間である幸田と3人で登山に行く。しかし登山中に事故が起こり、夫は死んでしまいます。これに対して検察は、彩子と幸田は互いに愛情を抱いており、夫を故意に殺害して保険金を得ようとしたのではないかと殺人罪を主張します。彩子は夫を計画的に殺したのか、それともやむを得ない自己防衛だったのか。オンビートとは言ってもセリフが説明的だったりするわけではなく、彩子にも一面的ではない複数の感情がはらんでいる見え方になっています。事件の真相を含め、最後まで観客は宙づりにされる。設定から面白いサスペンスです。増村好きを公言している西川美和監督の名作『ゆれる』という映画はこの映画に影響を受けていると思っています。
オフビート映画との単純な差は、芝居の熱量の高さだと思います。それも別視点のリアリティだと思うのですが、激しく温度の高い芝居で人間の感情の複雑さが描かれていく。後半は彩子から幸田への求愛が狂気的にすらなっていく展開で。私が好きなのは痛さや怖さすらあるその愛の強さを肯定する存在がいることです。しかもそれを肯定するのは、本来なら敵対すべき関係である幸田の婚約相手の女性だという…。女性を描いた映画としても魅力的です。
忘れがたい魅力的な構図やカットも多く存在します。法廷シーンってこんなに面白く撮れるのか、というオープニング、雨に打たれてビチョビチョになる彩子の姿、ラストカットの強さなど…リアリティを追求すると選択できないものばかりですが、映画音楽を含め痺(しび)れる映像表現になっています。
オンビート映画として他に、川島雄三『しとやかな獣』、横山博人『卍』もぜひあわせて観てほしいです。次回は再びオフビートに戻り、『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』。
今泉力哉
1981年生まれ。2010年『たまの映画』で長編監督デビュー。2019年『愛がなんだ』が話題に。その他に『his』『あの頃。』『街の上で』『かそけきサンカヨウ』『猫は逃げた』『窓辺にて』『ちひろさん』など。10月6日に豊田徹也原作、真木よう子主演の最新作『アンダーカレント』が公開予定。
Photo:Masahiro Nishimura(for Mr.Imaizumi) Composition:Kohei Hara
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映画監督 今泉力哉のオフビート映画に惹かれて