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5作目
ジム・ジャームッシュ
『ダウン・バイ・ロー』
©1986 BLACK SNAKE Inc.
監督・脚本/ジム・ジャームッシュ 出演/トム・ウェイツ、ジョン・ルーリー、ロベルト・ベニーニ、エレン・バーキンほか 発売元:バップ Blu-ray¥3,080
ジム・ジャームッシュの長編3作目。ミュージシャンとしても活躍するトム・ウェイツとジョン・ルーリーに、イタリアの喜劇俳優であるロベルト・ベニーニが共演。ウェイツ扮(ふん)するラジオDJのザックは、間抜けな罠(わな)にハメられて無実の罪で投獄されてしまう。同じく無実の罪で投獄されたジャックと、殺人犯のロベルト。同房3人の奇妙な共同生活が描かれる。そんなある日、ロベルトは刑務所からの脱獄を提案し……。
つくり手が“省略”することで
観客が“想像”する豊かな関係
あぁ、オフビート映画の代名詞的な存在であるジャームッシュの映画を5作目にして扱ってしまいます。ジャームッシュ作品の魅力って、モノクロ、文字フォントのデザイン、黒みの使い方なども含むそのスタイリッシュな映像、センスのいい音楽、ベースに流れる移民問題や人種などの扱いも含めて、本当にたくさんあるのですが、一番はやはり“省略”にあると思っていて。ここでいう省略とは、何を描いて、何を描かないか、ということですね。描かないことで、観客の想像力に頼ってつくる、ということを常にしている監督です。特に初期の作品群は。
『ダウン・バイ・ロー』は、刑務所の同じ房に入れられた3人の男たちの話です。ジャックとザックは、それぞれ知人にハメられ、無実の罪で捕まってしまう。そこにイタリア人のロベルトが加わり、3人は奇妙な友情関係を結んでいきます。今回はこの映画に存在する多くの“省略”について取り上げていきます。
映画は、無実の罪で捕まるジャックとザックがともに恋人とおぼしき女性ともめている描写から始まります。それぞれの関係性や職業、仕事をしている場面などは描かれず、家でもめているその様子だけでなんとなく人となりがわかります。ラジオDJのザックがDJをするシーンもなくて、独房の中で出会ったジャックに職業を問われた際に口ずさんでみせる語り。それだけで彼がDJであることを示している。別にラジオ局やブースの絵がなくても表現できるんです。無実の罪で捕まる2人の場面は描くけど、殺人で捕まったロベルトの殺人のシーンは描かない。ケンカのシーンも殴り始まったら次のカットでは顔にアザがある。映画の中で3人は脱獄に成功するのですが、肝心な、どうやって、の部分は描かない。ウサギを捕らえる場面はないけど、ウサギは捕まっていて、焼かれる場面はないけど、丸焦げのウサギがいます。終盤、ロベルトがある女性と親しくなるのですが、その過程も描かれない。
では、安易なカタルシスや高揚できる場面を避け、省略と想像力に頼ってつくられたこの映画の主題は何かと問われれば、人間のおかしみだと思うんです。人間や人生のおかしみ。うまくいかなさや不幸も含めて、人と人の間に流れる空気のみを扱っているとも言えます。
私も映画をつくり始めたときって、どうしても物語や展開こそが映画の面白さだと思ってしまっていました。でも、ジャームッシュの映画を観るとディテールや人物同士の関係性、そこに流れる空気にこそ、映画の魅力が詰まっているのだと教えられます。
また、この映画には随所に美しい場面が存在します。それが脱獄時の地下道だったり、脱獄した3人の乗るボートの絵だったり、一時的に身を寄せる小屋への移動カットなど、本人たちが必死な場面というのもおかしいんです。
次回は増村保造の『妻は告白する』。「じゃあ、オンビートって何?」ってところからオフビートを説明します。
今泉力哉
1981年生まれ。2010年『たまの映画』で長編監督デビュー。2019年『愛がなんだ』が話題に。その他に『アイネクライネナハトムジーク』『his』『あの頃。』『街の上で』『かそけきサンカヨウ』『猫は逃げた』『窓辺にて』『ちひろさん』など。この秋公開の最新作に『アンダーカレント』がある。
Photo:Masahiro Nishimura(for Mr.Imaizumi) Composition:Kohei Hara
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映画監督 今泉力哉のオフビート映画に惹かれて