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記念すべき第20回は、僕も出演している『ロストケア』をご紹介します。もうすぐ公開(3月24日)になるこの作品は、松山ケンイチさんが、介護士でありながらなんと42人を殺してしまう殺人犯、長澤まさみさんがその事件の担当検事を演じています。僕は、長澤さんを補佐する検察事務次官を演じました。約2週間で撮り切るという、スケジュール的にハードな現場でしたが、大先輩たちのスゴい演技を間近で見られて、本当に勉強になりました。
『ロストケア』
3月24日(金)より全国ロードショー
Ⓒ2023「ロストケア」製作委員会
皆に慕われる介護士が、42人を手にかけた理由とは?
松山さんが演じる斯波は、介護する老人からも、その家族からも、また介護センターの同僚たちからも、とても慕われている人なんです。ところが親身になって介護してきた老人たちを、40人以上も殺してしまう。それはナゼなのか――。僕が演じる椎名は、長澤さん演じる大友検事の後ろで、お二人のやりとりを常に見て聞いて記録を取っていくのですが、お二人の演技に引き込まれ過ぎてPCを打つ手が止まってしまったこともありました(笑)。それくらい演技がスゴかったです!
現場では、松山さんと長澤さんがお話をされているのを、ほとんど見たことがなかったです。でも、いざ取調室で演技が始まるとスゴイことになる。カメラが回っていないところでも2人が斯波と大友として集中し、作品や役や作品世界を作り上げていってる感じが分かりました。話し合ってそうしているわけではなくて、自然と2人がお互いに同じようなことを思っていて、私語がほとんどなかったみたいです。
撮影中、背中だけを見ていた長澤まさみさんの説得力がすごい
撮影中、僕は大友の後ろに控えているので、長澤さんの後ろ姿しか見ていなかったんです。大友の表情が見えていないのに、それでも大友が斯波の言葉――自分は、殺したのではなく、救ったという主張に、吸い込まれそうになっていく空気や、気持ちが寄って行ってしまう揺れが伝わって来ました。
台本では、僕は検察側の人間として読んでいたので、やっぱり人を殺すことが救いにはならない、と頭では思っていたんです。介護殺人のドキュメンタリーを見たりしても、共感とまではいかなかった。でも完成したお二人の演技を観て、大友の姿や表情を正面から見ていたら、僕自身の気持ちも斯波の方に寄って行ってしまう気がしました。揺さぶられて、何が正しいのか簡単には言えないとも感じたし、本当に難しいな、ってなっちゃいました。ある種、やっぱり救われた人もいたとは思うし、でも、そうじゃなかったとしたら、もう取り返しがつかないことをしてしまったわけで。じゃあ、ここから先、斯波のようにならないようにするために、これからどうしていけばいいのか、という大きな課題を与えられたと、それを一番大きく感じました。自分に何ができるんだろうかって……。
“連続殺人犯”なのに(笑)優しかった大先輩
実は、終盤、僕が涙を流すシーンがあるのですが、色々難しくて苦労したんです。どうにかOKが出たのですが、その瞬間、松山さんがすぐに来てくれて「よく頑張ったね」と言ってくださったんです。それまでほぼ喋ってなかったのですが、すごく重い役を演じられているのに、周りにも気を遣ってくださって、一緒に作品を作ることができて幸せだなぁと思いました。
椎名は25歳という設定ですが、実はオーディションを受けたのは19歳くらいの時で、年齢的にも開きがあったんです。それもあって、オーディションの時は「僕じゃなくてもいいので、すごく意味のあるいい作品になると思うので、完成したら僕も観に行きます」と、落ちる気満々なことを言って帰りました(笑)。
ただ台本も読んで、重いけれどいい作品になるだろうな、やれたらいいな、と思っていたので、受かったときは嬉しかったです。というのも僕が上京して3日後に「ちょっと東京に行ってくるね」と挨拶しに行った曾祖母ちゃんが亡くなったんです。だからお葬式にも行けず、色んな思いがあるところに、この作品のお話が来たので色々感じるところがあって。また、お祖母ちゃんが曾祖母ちゃんを介護してるのも見ていたので、遠い話ではなくて。この台本が、僕でこんなに響いたということは、同世代の人にもどこか響くところがあるんじゃないか、と思いました。
“検察事務次官”の役作りとは?
椎名は“数字がとっても好き”で、監督からも、「数字が出てくると楽しくなっちゃう人だ」と言われていました。その数字を通して、数式を解いていくみたいに事件の謎を解いていくので、そういう時はどこか楽しそうに、というのは意識しました。役作りとしては、検察の資料や介護殺人のドキュメンタリー映像などから、イメージを膨らませていきました。あとは検察事務次官としてピシッとしよう、と。監督と話し合って、同時に、新人らしさもあるように、と工夫もしています。
斯波とお父さんの回想シーンもスゴいんです。お父さんを演じるのは柄本明さん。お父さんが段々と認知症になっていって、斯波は外に助けは求めたけど、生活保護も出ないし、誰も救ってくれない。社会から切り捨てられたあの孤独な家族の感じは、もう本当に色々と考えさせられました。でもお父さんがふと昔のお父さんに戻ることもあって、2人が思い出を話すシーンは、とても温かさもあるんです。
実は大友検事にも心に抱えた問題がある、っていうのもまた上手い。完成した映画を観ると、斯波と大友がちょっと混じるというか、繋がる、通じるものがあるのを感じます。凛とした検事の大友だけど、感情がバッとあふれ出る瞬間など、まさに“2人の化学反応が起きた”と思いました。それを見て動揺する椎名は、観客に一番近い存在でもあると思っています。
“世代”として残してほしかったセリフ
終盤、椎名が雨を見ながら大友と話すのですが、その時のセリフに注目して欲しいです。本読み(撮影前に監督と出演者が台本を読み合うこと)の時に、監督がそのセリフを台本に入れるかどうか迷っていたんです。でも僕は、そのセリフに、僕自身が同世代に伝えたいことの一つが込められていると感じて、すごいセリフだなって思っていたんです。だから監督に、出来ればそのままこのセリフを使ってください、と言った記憶があります。それがちゃんと使われていました。
前田哲監督って、俳優のお芝居をとてもよく見てくださるし、一つ一つのセリフについての考えを聞いてくれたり、一緒に考えてくれる監督なんです。松山さんや長澤さんともそれぞれ話し合う時間を現場でも作られていました。だからこそ、お2人のスゴイ芝居を撮ることが出来たのかなって感じました。こんなに俳優に寄り添ってくれる監督がいるんだ、ってくらい。
とても丁寧に撮ろうとしている現場でもありました。例えば取調室の後ろに鏡が何枚もあって、反射でカメラが映り込みやすいんです。その1枚1枚の角度を変えながらカメラを動かしていきながら、鏡に反射している2人を撮るなど、映像的なこだわりもすごかったです。“あぁ、映画を撮ってるな~”と思いながら現場に居ました。
同時期に並行して撮っていたドラマ『クロステイル~探偵教室~』は、コメディだったので、『ロストケア』の現場に飛び込んだ時は、空気感やテンポ感の違いをすごく感じました。僕にとっては2作品同時に撮影をするのは初めてだったので、自分には出来ないと思っていましたが、いい経験になりました。その後、午前中に『六本木クラス』を撮って、午後に『silent』の現場に入っていたのも、本作の経験があったから何とか行けたのかな、って思いました。
直接、言葉を交わすシーンはなかった俳優さんたちも皆さんが本当にスゴかったです。クランクインの日が、大友検事と2人で、戸田菜穂さんの家に話を聞きに行くシーンだったんです。戸田さんは斯波にお父さんを殺されてしまう娘の役。ショックも介護疲れもあり、でもどこか解き放たれた感じもあったりして、本当にリアルでその人にしか見えなくて。この前にご一緒した『君に届け』では明るくて優しいお母さんの役で、もう全然同一人物に見えなくて、役者ってスゴイなぁって思いました(笑)。
心から愛せて自信がある、と言える作品だからこそ、自分ももっと頑張りたい
僕は初めて出演した『蜜蜂と遠雷』の時に、作品を愛するということを学びました。自分の演技には自信はないけれど、作品には自信あるというか、作品のことが大好きで。そんな意識が芽生える『蜜蜂と遠雷』でスタートできたのは、すごくよかったと思っています。『ロストケア』も、お芝居や作品作りに人生かけている人たちが作ったすごい映画で、自信を持っておすすめしたいです。
僕は事務所の社長さんと一緒に観たのですが、僕も社長もすごく感動したんです。僕的にもズッシリ刺さってくるものがあったけど、どんな年齢の人が見ても、それぞれに感じて刺さるんだな、って思いました。作品を観て、少し視界が開けた感じもあったんです。重いテーマの作品だけれど、内へとこもっていくのではなくて、誰かに話したくなって。これからどうしたらいいだろうと、先のことを考えることを促してくれるような作品だと思います。
そんな風に誰も除外しないのが本作のスゴさだとも思うし、すべての人に色んなことを考えるきっかけをくれる。その“誰も見捨てない作品である”というのが僕的なツボでした。僕たちより下の世代にも、ヤングケアラーと呼ばれる介護をしている若者もいれば、高校生でアルバイトをして家に生活費を入れている人もいますが、その人たちの背中をも押す作品にもなっていると思うんです。色んな人に、色んな角度からメッセージを届けられる作品って、そうないと思ってます!
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