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映画監督の今泉力哉が、毎回ひとつの映画のワンシーンにフォーカスし、「映画が面白くなる秘密」を解き明かす連載。
10作目
ジョン・ウォーターズ
『セシル・B/ザ・シネマ・ウォーズ』
監督/ジョン・ウォーターズ 出演/スティーヴン・ドーフ メラニー・グリフィス アリシア・ウィット ラリー・ギリアード・ジュニア リッキー・レイクほか U-NEXTで配信中
©2000 Arctic Productions LLC
『ピンク・フラミンゴ』や『ヘアスプレー』などで知られるカルトムービーの鬼才ジョン・ウォーターズが監督と脚本を手がけ、映画にとりつかれた監督セシル・B(スティーヴン・ドーフ)とその仲間たちがハリウッドの映画システムに闘いを挑む姿を描いたコメディ。彼らはハリウッドで活躍する女優ハニー(メラニー・グラフィス)を誘拐し、映画館の観客などを巻き込みながら究極のリアリティを追求した映画を製作する。
映画が面白くなる秘密
「観る側の存在を映画の中に取り込む」
ジョン・ウォーターズは本物の犬の糞(ふん)を食べるシーンがある『ピンク・フラミンゴ』などのカルト映画が有名な悪趣味映画の巨匠です。といっても何のことかさっぱりだとは思いますが、本当に面白い映画をたくさんつくっています。ジョニー・デップの初主演作『クライ・ベイビー』や、のちにブロードウェイミュージカル化され、トニー賞を受賞した『ヘアスプレー』など。純粋に映画が好きで、どエンタメ(商業主義)からも距離を取りつつ、かといって芸術主義でもない……とにかく1本でいいから観てみてほしい監督です。
今回取り上げる『セシル・B〜』もルックはB級映画然としていますし、基本的には頭を空っぽにして楽しめる映画です。でもバカみたいに笑っているうちに、その映画愛に感動して泣かされたりします。
主人公のセシル・Bが率いる、セックスと暴力にあふれたアングラ映画を取り戻そうとする映画狂集団が、少し落ち目のハリウッド女優であるハニーを誘拐してインディーズ映画の製作に乗り出そうとする。前回は『ニックス・ムービー/水上の稲妻』を題材に映画をつくるときに必要な覚悟について考えましたが、映画づくりが命がけであること、それ自体が人生であることを全く別の角度から教えてくれます。
特に好きなシーンはさまざまな敵(『フォレスト・ガンプ2(仮)』製作者や上品な観客など!)に行く手を阻まれながら映画を撮り続けるセシル・B一行が、何度も映画館に逃げ込んでそこにいる観客たちに助けを求める場面。アクション映画に特化した映画館やポルノ映画を上映する成人向けの映画館、ドライブインシアターも登場する。つくり手や俳優など「映画の製作者側」にスポットライトを当てた作品は多く存在するけど、この作品は観客や映画館といった「映画を観る側」や「観る空間」も物語の中に取り込んでいるのが特徴です。観客こそが映画づくりを支えているのだ、という構成になっているのはグッときますよね。
そんな命がけの映画愛を貫くセシル・Bとその仲間たちによって、未知の世界に連れられていくヒロインのハニー。当たり障りのない映画に出て晩年を過ごしていたかもしれない彼女がセシル・Bたちとの交流を経て、羨望(せんぼう)のまなざしの中、演じる喜びを再び感じていく。彼らに振り回されているようで、実は自分が最も生き生きとできる場を与えられる物語になっている。B級映画に見えて本当にいい映画なんです。
これまで10回にわたり、私が好きな監督の映画のさまざまなシーンを取り上げてきましたが、セシル・Bの仲間たちがおのおの、映画監督の名前の刺青(いれずみ)を入れているのもとてもよくて。その中にはこの連載で扱ったアルモドバルの名前もあります。
映画って本当にいいものだなって思います。そしてまだまだ歴史が浅い。たかだか120年かそこらです。引き続き、面白い映画について何か書いていけたらと思います。
映画監督 今泉力哉
1981年、福島県生まれ。2010年『たまの映画』で商業監督デビュー。2019年『愛がなんだ』が話題に。その後も『アイネクライネナハトムジーク』『mellow』『his』『あの頃。』『街の上で』『かそけきサンカヨウ』『猫は逃げた』などを発表。11月4日より主演・稲垣吾郎の『窓辺にて』が公開。
Photo:Masahiro Nishimura(for Mr.Imaizumi) Composition:Kohei Hara
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