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【連載】映画監督今泉力哉の「このシーンたぶんこういうこと」７作目：成瀬巳喜男『流れる』

2022.07.14

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映画監督の今泉力哉が、毎回ひとつの映画のワンシーンにフォーカスし、「映画が面白くなる秘密」を解き明かす連載。

７作目
成瀬巳喜男『流れる』

監督／成瀬巳喜男　出演／田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子、杉村春子、岡田茉莉子ほか　発売・販売元：東宝　DVD￥2,750
©1956 TOHO CO., LTD.

1956年公開の日本映画。東京の花街で芸者置屋を営む「つたの家」を舞台に、職業紹介所から斡旋（あっせん）されてきた女中・お春（田中絹代）の目線から、時代の流れとともに衰退の一途をたどる花流界の内実が描かれる。女性映画の名手と呼ばれる成瀬巳喜男が監督。田中絹代をはじめ、つたの家の主人役である山田五十鈴、その娘役の高峰秀子、芸者役の杉村春子や岡田茉莉子といった名女優たちの演技合戦がすさまじい。

映画が面白くなる秘密
「感情的な場面こそ
言葉や表情に頼らない」

昔の日本映画で、ぜひ観てほしい作品が３つあります。難しくなく楽しめる３本。成瀬巳喜男『流れる』、増村保造『妻は告白する』、川島雄三『しとやかな獣』。その中でも『流れる』は一番物語のヤマ場とかがなくて面白さがわかりにくい映画かもしれませんが、山田五十鈴や田中絹代、高峰秀子、杉村春子といった1950年代当時の名女優たちが人間の哀（かな）しさや美しさを繊細に演じていて、この時代にしかない映画の豊かさを感じ取れます。

『流れる』の舞台の中心は、「芸者置屋」と呼ばれる、芸者がお座敷に呼ばれるのを待つ控室のような場所。この限られた空間で女性たちの群像劇が繰り広げられるのですが、とにかく一人ひとりのキャラがめちゃくちゃ細かい。脇役的な人でさえ強烈な個性を残していくんです。昔、大阪で１か月だけホストクラブで働いていたことがあるのですが……それぞれものすごくキャラクターが濃くて、そのことをぼんやりと思い出したり。芸者という、非日常的な世界が描かれつつ、さらにその表舞台ではなく裏側に迫っている。色っぽい場面はなく、ひたすら会話劇。ぜんぜん稼げずお金に困っていたり、芸者を続けるべきか迷っていたり、男に頼らずに生きていけるか模索していたり。それぞれの悩みが生々しい。

今回取り上げるのは、置屋の主人・つた奴（山田五十鈴）が、元旦那に会いに行くも、予定をすっぽかされてしょんぼりしながら帰ってくる場面です。置屋で女中として働くお春（田中絹代）と帰り道ですれ違うのですが、つた奴はそこで立ち止まることもなく、お春をちらりと見ただけで通り過ぎていく。そして、つた奴の放心状態のような姿を、カメラはアップで映し出したりせず、全身や後ろ姿をとらえます。映画の中で一番切ない時間で、物語的にも転換点だと思うのですが、かなりさらっと描かれているのがすばらしいです。この映画はほとんどの場面が芸者置屋で展開されるので、道端のこの場面の流しっぷりはあえてだと思います。

物語にとって大事な場面や、登場人物の感情が強く表れる場面こそ、大げさに撮らない。これは自作でも実践していることですが、アップにしないことや後ろ姿を撮るといったことが方法論として挙げられます。ひとつの美学みたいなものですが、それが観客にとっての「わかりにくさ」ではなく、「想像力を喚起する豊かさ」につながる。

この場面をきっかけとして、つた奴を取り巻く物語は少しずつ重たくなっていくのですが、一方できちんと明るさや軽妙さも保たれていて、その対比のバランスが絶妙で。その明るさを担っているのが、つた奴のもとで芸者として働く染香（杉村春子）。電話口で音楽を口ずさむ場面あたりをきっかけに、やめるやめない騒動、女には男が必要だ論争、さらには出戻ってみたり……終盤は杉村春子に頼りすぎなんじゃないかってくらい、この名女優が暴れまくっています。必見です。

次回はペドロ・アルモドバル『オール・アバウト・マイ・マザー』。