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【鈴鹿央士の偏愛映画喫茶vol.10】名匠・小津安二郎の代表作『東京物語』、最小限の表現に魅せられる

【鈴鹿央士の偏愛映画喫茶vol.10】名匠・小津安二郎の代表作『東京物語』、最小限の表現に魅せられる

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鈴鹿央士 連載 鈴鹿央士の偏愛映画喫茶 
発表

 今回紹介する『東京物語』は1953年の公開作で、ちょうどその頃の日本を舞台にしたモノクロ映画です。僕は一昨年の20年、最初の自粛期間中に、なんとなく選んで観たのですが、続けて成瀬巳喜男の『浮雲』(1955)も観たので、そういう気分だったのかな(笑)。僕にとっては、それが初・小津、初・成瀬体験でした。

鈴鹿央士 おすすめ 映画
小津安二郎 東京物語 ブルーレイ パッケージ 松竹

『東京物語 ニューデジタルリマスター』
好評発売中&デジタル配信中/Blu-ray:5,170円(税込)/DVD:3,080円(税込)
発売・販売元:松竹
※2022年4月時点の情報
©1953/2011 松竹株式会社

老夫婦の佇まいや会話が、しみじみ心に沁みました!

 初めての小津作品は、大きくうねるような展開は訪れないけれど、そこで生活している人々の風景が切り抜かれているようで、入り込むのとはまた違う、なんとなく覗き見ているような感覚になりました。例えば洗濯物をパパッと畳みながら話していたり、帰って来た夫のスーツを受け取ったりする動作など、家事一つ一つがとても手慣れていて、日常の流れがそこにある感じがする。作品の中で役が動いているのではなく、生活の中で繰り返されているリアルな動きが常にあって、すごいな、と感じました。

 そういう日常が淡々と、最小限の表現で映し出されていく。その独特の世界観がすごくいいな、好きだなぁ、と思いました。しかも、どこを切り取ってもすごく美しいんです。その後、『晩春』(49)や『お早よう』(59) etc.…も観ました!

 独特の世界観――起承転結はあるけれど、大きなことは起こらない、スーッとした感じ。伝えるのが難しいのですが、表に現れてくるものが最小限なんです。よく言われているように、カメラもローアングルであまり動かないし、お芝居も削って削って最小限のものしか出さない。バ~ッと感情、まして激情を出すようなことは滅多になく、淡々と、無駄のない最小限のお芝居で表現していると思います。父を演じている笠智衆さんなんて、その極みでした。

東京の子供たちの事情もわかる…

 老齢の両親が、尾道から東京で暮らしている子供たちを訪ねて共に過ごす――というのが物語の大筋です。長男家族の家に、美容院をやっている長女、戦死した次男のお嫁さんが集まってみんなでもてなすハズが……という。一見すると、せっかく遠方から来た久しぶりに会う両親を、あまり構ってあげない子供たちは“親不孝”と見えてしまうかもしれない。でも、岡山から東京に出て来て働いている僕も、東京で働いている同級生たちもやっぱり本当に忙しいんですよ。周りもみんな急いで生きている感じというか……。そういうせわしなさに、ついて行かなければならない感じがあるので、それはもう、自分のことで精一杯にもなるよな、と。医者の長男や美容師の長女の事情や気持ちも、なんかすごくわかってしまう。だからって両親に冷たくしていいわけじゃないけれど、自分にもそんな一面が少しはあるな、と思いました。

小津安二郎 東京物語 家族団らんのシーン

©1953/2011 松竹株式会社1979

淡々とした暮らしの中にあるユーモア

 また劇中、大笑いではないけれど、クスッと笑ってしまうような瞬間が所々あるのが、すごく好きでした。例えば、子供たちに持て余された両親が熱海旅行に行かされるのですが、そこで眠れないお父さんの様子とか(笑)。夜中に周りで騒いでいるのがうるさくて眠れなくて、ずっと団扇であおいでいるシーンが、メチャクチャ長いんですよ。普通なら「うるさくて眠れない」と伝わるだけでいいようなシーンが、かなり長くて、それで逆にクスッと笑えてしまうんです。

 このお父さんとお母さんって、本当に怒ったり怒鳴ったりすることがないんです。「カミナリ頑固オヤジ」みたいなお父さん像とは別に、このお父さんのように、子供たちが理想と違ってもすべてを受け入れる、大きな大黒柱のような存在も一つあったのかな。それが親というものなのかな、と思いました。僕が父親になってからまた観ると、また違った見え方がするんだろうな、と今から楽しみです。観る人それぞれの年齢や家族構成や立場によって、受け取り方が違うことを許してくれる、それぞれの観客に委ねてくれる感じがするのが、すごく好き。無駄なものを極力削って、その奥にある何かを感じさせてくれるのですが、決めつけず、押しつけない演出をしているのを感じました。

お母さんの“大きな優しさ”が魅力

 原節子さん演じる嫁・紀子さんの優しさがストーリーの核かもしれないですが、僕が心にしみじみ染みたのは、お母さんの包み込むような優しさというか、大きな“お母さん感”でした。特に、幼い孫を連れて川原で遊んでいるシーンが、とても好きで、印象に残っています。“あぁ~、お母さ~ん”ってなりました(笑)。また、勉強机を廊下に出されてムクれている兄の方の孫に、“やっぱりお医者さんになるのかね”って、よくある会話なんですがそれもなんかよくて。そういうところに感動します。

 もちろん、紀子さんが義理の両親に優しくしているのも、ステキだと思いました。紀子さんのシーンで印象に残っているのはお父さん絡み。終盤でお父さんが紀子さんに、“形見だよ、もらってくれ”と腕時計を渡すんです。優しくしてくれたお礼、という意味もあるとは思いますが、それ以上に、次男が戦死してから止まったままになっている紀子さんの時間を、また動かしてあげよう、という意図を感じたんです。お母さんもお父さんも、紀子さんに、“ずっとこのままではダメ。自由になっていい。遠慮せずに別の人と結婚して”と言いますよね。帰りの電車で腕時計をして、時計を見る紀子さんを見て、そんなことを考えました。

 紀子さんを22歳の僕から見ると……もちろんステキな人なんですが、“これが時代なんだな”とも思いました。年齢や立場など「家制度」的な上下関係が、本当に厳しい時代だったんだな、と。亡くなった夫の家族に尽くすなんて、今の時代なら、きっと即SNSで愚痴ったりしたくなる感じですよね(笑)。だから、そういう「時代感覚」を客観的に観ていました。

吟味された深い一言が沁みる!

 そしてもう一つ、心に強く残っているのが、お父さんお母さんが「孫が出来たら孫の方が可愛いと言ったりするけれど、やっぱり子供の方がええなぁ」と話すシーンです。「志げ(長女)も昔はもっと優しかった」と言いつつも「やっぱり子供がいい」と。東京であまりもてなされず帰る途中にです。それまでのことを踏まえた上で出て来る言葉に、“そういうものなんだな”と思える、すごくいい言葉だなぁ、と。本当に一つ一つの会話、台詞が吟味されていると思いました。

 そういう、深~い言葉が『東京物語』には、本当にたくさんあるんですよ!! 最後に、お父さんが言う「一日が長うなりますな」という言葉も、これからを生きていく意志も含めて、すげ~色んな意味が込められていて、考えさせられる言葉でした。

小津安二郎 東京物語 場面写真 笠智衆 東山千栄子

©1953/2011 松竹株式会社1979


現代とは違う演じ方、撮り方

 削って削っていった上での表現というお芝居が、今とは全く違うものだと思いました。特に笠智衆さんのス~ッとした佇まいに惹かれたのですが、この役を演じたとき50歳手前くらいだったようなんです。どう見ても70歳近いお爺ちゃんにしか見えない! こんな自然にお爺ちゃんになり切っていて、スゴ過ぎです。原節子さんの演技も、今とはだいぶ違うな、と思いながら観ていました。

 静かな映画だからと言って、何も考えずにボーっと観られる作品ではないけれど、心穏やかに過ごしたい夜や、何か少し考えながら見たい時などに観たら、すごくいいと思います。僕たちの世代の方にも是非、観て欲しいです。


鈴鹿央士 映画 個人的なツボ
小津安二郎 東京物語 原節子

©1953/2011 松竹株式会社1979

 有名なローアングルで動かないカメラ。そして、登場人物同士で会話しているシーンは、喋る人がその都度、カメラの方を振り返ったりする、あるいは喋っている横顔をガッツリ撮っていたり、すごくユニークな撮り方でした。自分と会話しているような錯覚に陥ったりして。また画面における人の配置も独特で。例えば、お母さんの蒲団の周りに並んでいる子供たちの配置や顔の向き。手前に一人、向こう側に一人、奥の方に一人のように、自然に見えるけれど計算され尽くしている。笠智衆さんと原節子さんが父娘を演じた『晩春』でも、“あやつと結婚したらどうだい?”みたいな話をする時に、2人がバッチリ重なっていて、どちらかが見えなくなっているショットがあったり。計算され尽くしている感はあるけれど、でもカメラを意識しすぎていない自然さがあるというか、そういうのも好きだなぁ~って思いました。

小津安二郎 東京物語 ブルーレイ パッケージ
·Original Title: MY BLUEBERRY NIGHTS ·English Title: MY BLUEBERRY NIGHTS ·Film Director: KAR WAI WONG ·Year: 2007

©1953/2011 松竹株式会社1979

『東京物語』(1953)
尾道で暮らす老夫婦、周吉(笠智衆)ととみ(東山千栄子)が、東京で暮らす子どもたちを訪ねるために上京する。けれど町医者をする長男の幸一(山村聡)も、美容院を営む長女の志げ(杉村春子)も、最初は歓迎するものの、それぞれの仕事や日常生活に忙しくて、あまり構う余裕がない。2人は、戦死した次男の妻の紀子(原節子)に、東京見物を頼み両親を託す。自身も丸の内で働く紀子だったが、その申し出を快く引き受け、義理の両親を案内し、つましい部屋に招いて心からもてなすーー。戦後日本の家族の関係や絆を描いた不朽の名作。


最近、オーティス・レディングにハマっております。加えてサム・クックなども、僕の中で来ています。力強さ、社会問題に対して向き合っている強さが、音楽に現れているような曲なんだけど、同時に優しいメロディだったりするんです。そういう曲を聴きながら「僕も頑張ろう」と思っている今日この頃です。そんな今、食器棚を買うかすごく悩んでいます。どうなるかは、来月のお楽しみに!

Text:Chizuko Orita

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