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映画監督の今泉力哉が、毎回ひとつの映画のワンシーンにフォーカスし、「映画が面白くなる秘密」を解き明かす連載。
4作目
山下敦弘『リアリズムの宿』
監督/山下敦弘 原作/つげ義春 出演/長塚圭史、山本浩司、尾野真千子、山本剛史ほか 発売元:バップ DVD¥5,280
脚本家の坪井(長塚圭史)と映画監督の木下(山本浩司)は、顔見知りだけど友人の間柄ではない。共通の知人である俳優・船木(山本剛史)に誘われて3人で旅をすることになるも、肝心の船木だけが集合場所に訪れず、仕方なくあんまり互いを知らないふたりで数日間を共にすることに。そんなちょっと気まずい関係性が、謎の女性・敦子(尾野真千子)なども加わる旅の中で、何ものにも代えがたい時間になっていく。
映画が面白くなる秘密
「ワンカットFIXの長回しで
観客の感情をひとつにしない」
「あの……山下監督ですよね?」
私が山下さんに初めて声をかけたのは東京・中野駅のトイレだった。たまたま遭遇したとき、私は酔っぱらっていた勢いも手伝って、手を洗う山下さんに話しかけた。そしたら多分、迷惑だったのでしょう(笑)、逃げるように「あ、今度撮る映画のエキストラ募集してるからよかったら」とスタッフの名刺を渡されたんです。それが『リンダ リンダ リンダ』。そんな出会いから始まって、俳優ワークショップの手伝いをしたり、短編映画の編集をしたり、一緒に連続ドラマを監督したりと、いや、ほんとに出会ってなかったら今の自分はいないくらい作品からも人物からも影響を受けた監督が山下敦弘です。
私が初めて見た山下作品は、初期の代表作ともいえる『リアリズムの宿』。これはほとんど初めましてな関係性の男ふたりがなぜか一緒に旅をすることになって、その旅はどうしようもないことしか起きないのだけど、徐々にふたりの距離感が縮まっていき、最終的には昔からの友人のような関係性に至る。その気まずくておかしい旅の成り行きに、最後にはなぜか泣けてしまう映画です。最近見返した際には感動しすぎて呼吸困難になってしまいました。
今回は、途中でそのふたり旅に合流することになる敦子(尾野真千子)が、突然彼らの元から去ってしまうシーンを取り上げます。温泉宿に一緒に泊まったりして仲が深まった様子の3人は次の目的地に行くためにバス停にいる。そこに目的地とは違う方面へ向かうバスがやってきて、男ふたりは見過ごすけれど、敦子は何も言わずに乗っていってしまう。注目したいのは、この場面がFIX(フィックス:カメラが固定されていて動かないこと)のワンカットで撮られていることです。バスに乗り込む敦子の表情や残されたふたりの男をアップで撮って強調することもできるはずなのに、山下さんはこの突然の別れのいきさつをあまりドラマチックに描きません。
私の映画でもよく使う「FIX&ワンカット」の撮影方法に期待している効果のひとつが「観客の見方を縛らない」こと。顔のアップやカットを割る行為には「こう感じてください」と観客の見方を誘導してしまう側面が少なからずあります。映画は娯楽だからそうするよさももちろんありますが、山下さんはきっと観客の感情を支配したくないのでしょう。「これは悲しいシーンだ」みたいな決めつけをせず、観た人一人ひとりが映画から受け取る印象を選べて、違う感想を持てる演出をしているんです。それが映画を豊かにする。
でも実はこの場面、ただ「表情を撮らない」という判断をしているわけでもなくて。前後のシーンで3人それぞれの表情がしっかり収められているのです。その流れがあるからこそ、ここはワンカットでいいと選択できる。説明しすぎない&観客がストレスを感じない長回しには、そのカットだけでなく前後のシーンや映画全体を通したトーンも大切だということです。
次回は橋口亮輔監督の『ハッシュ!』。
映画監督 今泉力哉
1981年、福島県生まれ。2010年『たまの映画』で商業監督デビュー。2019年『愛がなんだ』が話題に。その後も『アイネクライネナハトムジーク』『mellow』『his』『あの頃。』『街の上で』などを発表。うまくいかない恋愛映画を撮り続けている。最新作『猫は逃げた』が公開中。
Photo:Masahiro Nishimura(for Mr.Imaizumi) Composition:Kohei Hara
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