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今回は『そこにいた男』という短編映画。『岬の兄妹』で注目された片山慎三監督の作品です。「30分なら見やすそうだな」と思って鑑賞したのですが、新宿で実際に起きた事件をモチーフにしていて、衝撃のシーンから映画は始まります! すごく話題になったので覚えている人も多いかも。僕もすぐに「あれか!」とピンと来ました。
映画『そこにいた男』(’20)
2020年製作/33分/R15+/日本/配給:CRG Amazonプライム・ビデオで配信中
共感はないのに“こびりついて離れない”
内容に共感したわけではないのに選んだのは、この映画が脳裏から離れないから。日常のふとした瞬間に、色んなシーンの映像が蘇ってちょくちょく思い出してしまうんです。まるで主人公の女性が、相手の男性にギュ~ッと執着していた、その感じのまま僕の中にこびりついてしまったかのように。
冒頭は、エレベーター前に血だらけの男性が倒れていて、その横で女性が電話している、という衝撃シーン。現実の事件でも動画が拡散されて話題になった「あの映像」なのですが、似たようなエレベーターを見るたびに、“誰か倒れていないかな!?”なんて思ってしまって。本作は、こびりつく映画なんです(笑)。
(C)2020 CRG
つなぎとめるために貢ぎ続ける女
あくまでも実際の事件はモチーフであり、設定や事件の顛末は変えられています。例えば刺された男性はホストではなくて俳優の翔。主人公の紗希は制作スタッフで、2人は、ある撮影現場で言葉を交わすことで出会います。付き合い始めると紗希は乞われるがまま、どんどん翔に貢いでいくのですが、その執着は僕にはとても理解できなかった。優しくしてくれたから好きになるのではなくて、他の面もちゃんと見てみなよ、別の人を好きになった方が幸せだよ! って思っちゃいますが、それが難しいのかなぁ、とも思ったり。
(C)2020 CRG
翔は紗希に対して愛情なんてほぼないんですよ。なのにつなぎとめておきたいからどんどん貢いでしまう。自分に興味をもって欲しいとか、必要とされたいとか、それを確かめたいから貢ぐしかなかったのかもしれない。
男は笑ってしまうほどの“クズ”
翔からの要求はどんどん大きくなって、ついに車をおねだりされたりしてビックリしちゃいましたよ。しかもかなりの高級車。そのお金を作るために、紗希は現場のお金を持ち逃げまでして、メチャクチャ本気で走っていましたから(笑)! そうさせてしまう翔の口の上手さとか、もう、本当に最低です! 紗希が風俗で働き始めると「この車売ろうか?」なんてその気もないのに言ったり。ヒドすぎて、逆にもう怒りを通り越して笑えてきましたね。
(C)2020 CRG
終盤の回想シーンでは、ジュースを買いにいった翔が、だらしなく半ケツを出してはいつくばって自販機の下の小銭を探す。僕は「無理やわ~」って思ったんですが、そんな姿にも、紗希は「この人が何をしていても好き、全部好き」みたいな表情なんです。「え、こんな姿を見ても好きなの?」って怖くなりましたね。ただこのシーンは、翔が紗希のために何かをしようとした唯一のシーンだそうなんです。たったジュース1本でも、初めて彼が紗希のために買おうとした、と。それを後で知って、なるほど、と思いました。このシーンも、日常で自販機を見かけると、脳裏によみがえってしまうんです。
いびつさを表すディテールが面白い
好きなシーンを挙げるなら、取調室。紗希が、また可愛い靴下を履いているんですよ。取り調べ中に「暑い」と言って靴下を脱いで、机の上に置くのですが、それが量販店で買ったような安そうな靴下。男に大金を貢いで自分は99円程度の靴下を履いている。しかも脱いだ靴下を、人前で机の上に置くって……(笑)。彼女の生活水準的なものを表す代物で、隅々まで象徴的なんですよね。
(C)2020 CRG
紗希は愛情に飢えて一線を越えてしまいますが、現実のSNSなどにも「愛される方法」とか色々出ているんですよ。「好きになってもらうには」みたいなノウハウ情報とか。みんな愛に飢えているんだなぁ、って思いました。でも愛って、自分からグイグイ行き過ぎても、受け身になり過ぎても成立しない。翔なんて、紗希への愛はないのに、ただ紗希からの愛だけ受け取って。でも偏った愛情を受け取るだけでは、恋愛関係も人間関係も成立しないということを、観ながらすごく感じました。
“愛”を客観的に見る30分
カップルで観るにはとてもおススメできないけれど、恋で悩んでいる友達に「とりあえず観てみて」と勧めたくはなりますね。誰かの恋愛や関係性を客観的に見たりすると、自分たちのことを冷静に見られるようになるかもしれない。この映画を反面教師的に見て、自分たちの恋愛を大切にしなければ、と思ってもらえたらいいな、と。もしかしたら「遊ばれている」とか「報われない恋だ」と分かって、キッパリ終わりに出来る人がいるかもしれない。たった30分でそんな何かを突きつけて来るのも、この映画の良さじゃないかな、と思います。
社会問題を問うチャレンジングな作品を作ると「よくぞ作った!」と言われますが、この映画に対しても、同じように僕は感じました。みんなの記憶が新しい実際の事件をもとに、映画にしてしまったのはスゴイ! 映画では、翔の奥さんが登場して、刑務所にいる紗希に「あること」を告げるのですが、奥さんの真意を色々と考えたくなりました。また、刺された翔が助けを求めて叫んだ人の名にもビックリして、それについても色々と考えてしまいます。観た後、あれってどういうことだったんだろう、どういう気持ちだったんだろう、と考えさせられるのも本作の面白さ。ぜひ、30分程度の見やすい映画なので、「とりあえず観て!」ください(笑)!
俳優である翔が、撮影現場で監督と“芝居”について言い合っているシーンが、実は後々効いてくるのが上手いんです。職業的にも自分と重なるので、そのシーンはとても興味深く観ました。刺されて倒れる芝居について、監督が「もっと悶えてから死ね」と指示するんです。そうすると翔は「そんなのリアルじゃない」と言い返す。「監督も刺されたことないくせに」とか(笑)。僕は現場でそんな風に監督に文句を言う人を、実際には見たことがないので、すごく興味深かったです。そして監督と口論する翔の姿に紗希が「彼のことを本当に分かってあげられるのは自分だけ」とか呟いたりして。それが冒頭のシーンに繋がっているんですよ。自分に刺されて血だらけになって苦しんでいる翔に、紗希が一言「お芝居、今日はリアルだね」って(笑)。うわ、繋がってる、って思いました。
(C)2020 CRG
『そこにいた男』
長編デビュー作『岬の兄妹』が国内外で高く評価された、片山慎三監督による短編映画。マンションのエレベーターホールで、血だらけで座り込む紗希(清瀬やえこ)は、煙草を吸いながら誰かと電話で話している。彼女の脇には、交際中の翔(安井秀和)が何ケ所も刺されて横たわっていた――。2年前、映画の現場スタッフとして働いていた紗希は、出演していた翔に口説かれ、ほどなく肉体関係を持つように。そして翔が求めるまま、無理をしても貢ぎ続けてきたが――。脚本を手掛けたのは、『あの子は貴族』の岨手由貴子。
3月は、人生で初めて作品を縫う(複数の作品が同時進行)という経験をしていて、気合を入れ、頑張って乗り切っていこうとしています! 一つは4月にスタートする連続ドラマ単独初主演の「クロステイル~探偵教室~」の撮影。それと並行して撮っているのは、ずっと以前より出演が決まっていた映画。とても強いメッセージ性がこめられているので、ちゃんと作品や役と向き合って丁寧に撮っていきたい作品です。加えて今、「めざましテレビ」3月のマンスリーエンタメプレゼンターを務めています。ありがたいことに、充実した毎日を過ごしています。
Text:Chizuko Orita
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