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近年注目が高まるホラー小説。著書『近畿地方のある場所について』が話題の背筋さんが、メンズノンノのためにホラーのショートストーリーを書き下ろしてくれた!<メンズノンノ2024年8・9月合併号掲載>
『定価転売』
背筋 著
「僕、洋服が好きなんです」
そう話す大学生のAさん。キャップとストライプのオーバーサイズシャツに、ワイドパンツを合わせた服装のとおり、ストリート寄りのコーディネートが好みだという。
情報収集にも余念がなく、お気に入りのファッション系インフルエンサーの投稿やファッション誌を眺めては、少ないバイト代を切り詰め、日々ひとり暮らしの小さなクローゼットにコツコツと流行りのアイテムを追加している。
ある日、いつものようにお決まりのファッション誌を家で読み込んでいたAさんは、それを見つけた。ある有名スポーツブランドのスニーカーの新作。別のアパレルブランドとコラボしたそのデザインは、スポーティなシルエットにビビッドな色使いが映える、Aさん好みのアイテムだった。価格は三万超え。大学生にはためらう金額だが、それでも欲しいと思える魅力がそのスニーカーにはあった。すぐに手もとのスマホに手を伸ばし、オンラインショップで検索をかけた。
「まあ、当然っちゃ当然ですけど、有名なブランド同士のコラボアイテムですから、残ってるはずもなくて」
画面上に表示されたスニーカーの画像をピンチアウトし、デザインの細部を確認すればするほど、どうしようもなく欲しくなってしまう。だが、Aさんの足のサイズを選択すると、表示されるのは「在庫切れ」の文字。カラーバリエーションの中には、少ないながらも購入可能なものもありはしたが、Aさんは妥協したくなかった。
「そこで諦めたらよかったんですけどね。僕も半分意地みたいになっちゃって」
Aさんが続いて開いたのはフリマアプリだった。一般の出品者と購入者が自由に品物を取引できる国内最大手のプラットフォーム。当然、Aさんもアカウントを所有していた。
「予想はしてましたけど、そのスニーカー、山ほど出品されてました」
いわゆる転売ヤーによるものだろう。定価の三倍近い価格が設定された画像が一覧に並んでいる。だが、それらの多くが「成約済み」になっているところを見るに、それほどそのスニーカーは人気なのだろう。
「転売ヤーなんかから買うつもりはありませんでした。それに、そんな値段、払えないですし」
恨めしい気持ちで画面をスクロールしていると、ある出品が目に入った。それは、定価と変わらない価格で出品されたスニーカー。まだ、売り出し中だった。
「定価なんかで出品したら取引手数料とか含めると赤字になっちゃうはずなのに、おかしいなって」
思わず心が揺れる。気づけば、その画像をタップし、詳細ページを眺めていた。
「画像を見たとき、なんとなく雰囲気で理由がわかりました。転売ヤーだと、出品画像は商品にライト当てたり、白い背景にしたり、手慣れた感じのが多いんですけど、その画像は、畳に置かれたものを構図にこだわらずに撮影した感じで。だから多分、この出品者、スニーカーの価値をわかってないんだろうなって」
それを裏付けるように、出品者のコメントには次のように書かれていた。
『息子が買ったのですが、もういらないみたいですので、必要な方にお譲りします』
だが、その下には奇妙な文言が続いた。
『大切にしていただける方にお譲りしたく思っております。二枚目の写真に写っているものを書いてくれた方のみ購入可能とさせていただきます』
その意図はわからなかったが、転売目的の購入を防ぐための一種のテストではないかとAさんは解釈した。コメント欄にはすでに購入希望者による書き込みが殺到している。上から順に読んでいく。「購入希望です! 二枚目の画像は机でしょうか? ご検討お願いします」、「素敵な机ですね。大切にしますので、お値下げは可能でしょうか?」、「机が写ってます。購入希望です」。恐らく、机が写っているのだろう。そう思いながら、二枚目の写真をタップした。
「机が写ってました。ダイニングテーブルみたいなの。普通の家のリビングを写した感じです。ただ、机の上に、器が載ってたんです。ちょっと丸みのあるシルエットの、白い器。どう考えてもその器を撮ってるように見えました」
他の購入希望者がそれに気づかないわけはないだろう。なぜ、それを無視して「机」と回答しているのかがわからなかった。Aさんは、その不可解さの答え合わせをすべく、コメントを書いた。
「購入希望です。白い器が写っています」
入力し終わって一分も
「Aさんにお譲りすることに決めました。大事にしてください」
驚いたのはAさんだった。「白い器」とコメントしたのは自分だけだったのだろうか。気づけば購入ボタンをタップし、ページは決済画面へ移行していた。そこではじめて出品者のプロフィールを確認すると、他に出品履歴は見当たらない。本当に取引をしてしまってよいのだろうか。そんな不安がよぎるが、欲しかったスニーカーが定価で手に入るかもしれない誘惑に逆らうことができなかった。
「取引自体はすごくスムーズに進みました。すぐに商品も発送されて。相手から変な評価をつけられることもありませんでしたし」
商品が手もとに届いたとき、Aさんはワクワクしながら梱包を開封した。丁寧に購入時のレシートまで同梱されている。購入場所はAさんも行ったことのある都内のセレクトショップで、購入日付は一か月ほど前だった。偽物である心配もなさそうだ。
「スニーカーの入った外箱を開けたとき、変だったんです。なんだか白いモヤみたいなのが広がって。それを吸い込んじゃって。むせちゃいましたよ」
よく見ると、モヤに見えたそれは、白い粉だった。スニーカーの上からまぶされたであろう白い粉が箱の中全体に薄く積もっていた。外箱を開けた拍子に、それが舞い上がったのだ。乾燥剤が漏れたのだろうか、そんなことを考えた。
Aさんはそれを日常的に履いた。履けば履くほどに愛着がわき、数年経った現在も、ボロボロに色あせたその靴を履き続けている。
「このあいだ、親戚が死んだんですけど、あの器によく似たものを見たんです。あれ、多分骨壺だったんじゃないかな」
Aさんは話した。足もとの、厚いかかとがすり減ったスニーカーを
Profile
背筋さん / 作家
作家。カクヨムでの連載を書籍化した『近畿地方のある場所について』(¥1,430/KADOKAWA)は、細部へのこだわりが「とにかく怖い」と、デビュー作にして大きな反響を呼んだ。9月3日には新刊となる『穢れた聖地巡礼について』(¥1,430/KADOKAWA)が発売予定。
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