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今日もどこかで、だれかが喋ってる。小説家カツセマサヒコさんの1話完結、オール会話劇!<メンズノンノ2023年1・2月合併号掲載>
「スッゲーいい天気」
「ね。俺、冬が一番好き」
「わかる。俺も」
「夏、長すぎ」
「ほんと。毎年延びてる気がする」
「もう秋とか春、ほぼないよね。日本には夏と冬しかない」
「日本のいいところを挙げてくださいみたいなときにさあ、『四季』もそうだけど、昔はもうちょいあった気がするのに、いま『スポーツ観戦のあとでゴミ拾いする』と『水道水が飲める』くらいしかなくない?」
「それ、ゴミは捨ててるやつが先にいるから拾ってるわけで、実はプラマイゼロだよ」
「うわ、じゃあ日本、水道水しか魅力がないってこと?」
「寂しすぎるねえ」
「えー、富士山は?」
「あーアイツはダメ。世界じゃまるで通用しない」
「なんで富士山に厳しいんだよ」
「海外にはアイツの2倍くらいデカい山がゴロゴロいるから。富士山なんか勝負になんない」
「なに、山のワールドカップの監督とかやってた?」
「ちなみに私、エベレスト以外の海外の山、1個も知らないです」
「マジかよ、それでよく言えたな。ゴドウィン・オースティンは?」
「なんて言った?」
「ゴドウィン・オースティン」
「なんの選手? サッカー?」
「いや、世界で2番目に高い山の名前だよ」
「まじ! 知らない」
「地理で習ったじゃん。別名K2」
「あ、K2は聞いたことある。てか習った? 全然覚えてないんだけど」
「テスト出たじゃん。俺、ヤマ張って当たったの嬉しかったから、覚えてる」
「あ、山だけに?」
「寒いってそれ」
「冬だからな」
「うるさいよ。余計冷えてきた気がするわ」
「ふふ。てか、やっぱりいいな、この道」
「ね。久々だね、あてもなく歩くやつ」
「な。またジャンケンで道、決めるか」
「懐かし! なんだっけ、お前あのとき、メグに片想いしててさ」
「あーうるさいうるさい! 過去、過去!」
「えーなんでよ、すごい奇跡だったじゃん。ジャンケンで進んで行ったところが、片想いの相手の家の前とか」
「いや、確かにすごかったけど」
「お前あの後、結局キングヌー歌ったの?」
「あ、カラオケ?」
「そうそう。練習してたじゃん、ヌー」
「歌わなかった」
「なんで? メグ、聴きたかったんじゃないの?」
「歌おうとしたら、一人でヌーはやめてって言われた」
「ギャハハ! 確かにな!」
「変なこと思い出すなよ。てかお前も、元カノの観葉植物、ぜんぶ枯らしてめっちゃキレられてたよな、そのとき」
「あーやめて、それこそ過去すぎる」
「あと、家に帰る電車の中で、オッサンにめっちゃ絡まれてたりな」
「あ、それは俺じゃなくて、友達ね?」
「あ、そうだっけ?」
「そうそう。えーでも懐かし。あと、あれも好き。お前のバイト先のコンビニの、変な先輩」
「あ、木下さんでしょ? まじでパンクだったからね、あの人。最後、バ先の金盗んで捕まっちゃったし」
「嘘! マジで?」
「まじまじ。元気かな、木下さん」
「ひゃー、人生いろいろあるね」
「ね。駅からめちゃくちゃ遠いのに『吉祥寺に住んでる』って言い切ろうとしたやつもいたしな」
「彼女のLINEの名前を『佐川急便』にしてたやつとかな」
「いろいろありすぎだな?」
「そりゃそうよ、人の数だけ人生があるよ」
「そうな」
「……」
「……でも、その人生もさ、いつか終わっちゃうし、てか、いつかは全部が終わるじゃん?」
「え、なに。デカい話しようとしてる?」
「うん、エベレスト級のやつ」
「オーケーオーケー、続けて?」
「いや、だからさ、どうせ終わるからって思っちゃうと、なんか、全部投げやりになったり、バッド入りそうになるけど、でも実際、ネガティブになるより、楽しい方がいいじゃん?」
「そりゃあそうだろうね」
「でしょ? てか、なんなら、人生全部がさ、死ぬまでの思い出作りなんだよ、きっと」
「あー、なるほど?」
「俺らも高校のときにさ、卒業旅行したじゃん。あんな感じでさ、やばい! 卒業しちゃう! 楽しいことしよう! って感覚が、人生においても大事なのよ」
「そうね、きっとね」
「うん。全部一緒よ。いつかは全部終わるから、全部その前に、ちゃんと思い出作りしとくんだよ。しんどいことばっかりの人生だったなーって思わないように、楽しいこと見つけて、大充実させなきゃいけねえよ。『リア充乙』とか言ってる場合じゃねーから。虚無ってる時間なんてなさすぎるから」
「おお、おお。うん」
「え、引いてる?」
「いや、いつになく真面目だから、どうしたもんかと」
「いやだってよ、お別れじゃんよ、もう」
「あー」
「……」
「え、寂しがってくれてんの?」
「あ、なんだその言い方。ムカつく」
「あははは。えー、だって、なんか」
「なんか」
「今日もしれっと楽しく解散するかと思った」
「いや、俺だってそのつもりだったよ? でも、振り返ってみたら、意外と語りきれねえぞって」
「そりゃね、まあ、付き合いも長いしね」
「そうだよ。それがお前、年明けからもう会えないですよーって言われるとさ、思ったより、きちんと悲しいわ」
「あはは。お前のそういうとこ、好きよ」
「今になって言うことじゃねー」
「あははは、確かに」
「てか、準備は終わったの?」
「あ、引っ越し?」
「そうそう」
「うん。大体は荷物まとめたし、あとは向こうで調達かな」
「そっか」
「うん」
「……いや、マジですげーな」
「何が?」
「だって、海外だぜ? お前が。そんな人生になるとは思ってもなかったよ」
「いや、それは俺が一番意外に思ってるからね? まさかだよ、まさか」
「な、ほんとな。俺らずっとさ、中身のない会話して、ゲラゲラ笑って、そのままでいくんだと思ってた」
「俺も。ずっとそういうのがいいなって思ってたし。それこそ、終わりなんてなくて、ずっと続くと思ってた」
「ね。ほんと。きちんと終わりが来るよ、なんでも」
「しんみりするな~。マジで、終わらないものなんて、1つもないかもね」
「いや、俺らの友情は不滅です! って」
「急にスポ根マンガみたくなっちゃったじゃん」
「あははは。でも、ほんと、なんだろうね、終わらないもの」
「まあ、形あったらいつかは100パー崩れるし、やっぱ無形のなにかじゃね?」
「無形。マジで友情説?」
「友情も、片方死んだ後にはどうなるかわかんない」
「確かになー」
「でもさ、そもそも今の時代なんて、海外でも全然連絡取れるし、SNSとか見てたら近況知れちゃうし、離れてる実感とか、意外とあんまりないかもだよね。そしたら俺たちの関係も別に、終わったってわけじゃないもんな。『終わり』に対して鈍感になってるかもな」
「そうねー。だからあんまり、今回も寂しくないっていうか、不安がないのかも」
「とか言いながら、いきなり音信不通になったりして」
「いや、それもまた、あり得る。人間関係も移りゆくものではある」
「だな。シビアだけど、まあその通りだなー」
「うん。でも、それでもさ」
「うん?」
「たとえば10年会えなかったとしても、再会することになったら、きちんと今日の続きみたいにさ、ニューゲームじゃなくて、コンティニューで始まる関係がいいな」
「それはだいじ。できるだけ、忘れないようにするわ」
「世界で2番目に高い山の名前は忘れても?」
「そんなものより覚えなきゃいけないものが、世の中にはたくさんある」
「そんな胸張って正当化しないでよ」
「あははは」
「じゃあ、いつもの散歩コース、行きますか」
「おう。この道、ぜってー忘れるなよな」
カツセマサヒコ
映画化もされた第1作『明け方の若者たち』での衝撃的なデビューから、第2作『夜行秘密』と人気作を次々に生み出す小説家。ぐさりと刺さる人間模様やリアルな感情の描写が、若者たちから熱い支持を集めている。執筆のみならず、ラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM、毎週木曜28時~)など、多方面で活躍中。
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※この会話はフィクションです。
撮影/伊達直人
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