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今日もどこかで、だれかが喋ってる。小説家カツセマサヒコさんの1話完結、オール会話劇!<メンズノンノ2023年12月号掲載>
「クレカの請求ってさあ」
「うん」
「総額だと覚えがないのに、個別に見ると覚えがあるよね?」
「わかる。めっちゃわかる。アレなんなん?」
「なんなんだろうね」
「今月すごかったもん」
「請求?」
「ゾッとした」
「いくら」
「20万」
「20万!? さすがにそれは覚えがないやつ混じってるでしょ」
「いや、あんま見てないけど」
「見たほうがいいって。20万はなかなかないよ」
「いやーでもなあ」
「覚え、あるの?」
「彼女にプレゼント買っちゃった」
「あー、そういうやつか。なに買ったの?」
「マルジェラの靴」
「それは高そうだ。よく20で抑えたね?」
「大出費だったなー」
「きついねえ。お金ないって言ってたの、それかあ」
「そうそう。別れたし」
「え、なんて言った?」
「別れた」
「え! いつ別れたの?」
「2週間前」
「待って聞いてない」
「ごめん、今言ったかも。気遣わせたくなかったし」
「いやいやいや、本当に? 20万の靴まであげたのに?」
「いや、靴だけで20万じゃないけど」
「まあそうかもだけど。でも、そんくらいのものあげたんでしょ?」
「まあ、そうだな」
「えー、きっつい。それで別れるの、嫌だね」
「いや、逆でさ。もう別れそうだったから、奮発しちゃった」
「あああああ、そゆこと? 繋ぎ止めたくて的な? マジか、マジかー」
「そう」
「一番悲しいやつだ。繋ぎ止めるために、頑張っちゃうプレゼント」
「そうな、まあな」
「あげたときはさ、喜んでくれたんでしょ?」
「まあ、そうだね。でもそれもさー、わかんないじゃん。一応その場では、喜んだフリするでしょ、プレゼントだし」
「まあ、そうかあ」
「今も、インスタのストーリーとかは見られるんだけどさあ」
「うん」
「いっちどもその靴見たことない」
「ねえ悲しいこと言わないでよーほんとさー」
「いやー悲しいよなー。もうなんか、別の生き物とか生まれ変わりたいもん」
「そうだね、それはちょっと、もう全部いやんなるやつだよね」
「ほんと、クジラとかなりたい」
「クジラね。クジラいいね」
「クジラいいよね? こう、ずーっと泳いでたいよね。天敵いないし」
「そうだね。でもなんか、それはそれで、寂しそうだけどね」
「え、寂しいかな?」
「なんか、映像とか写真で見るけどさ、クジラって結構、孤独っぽくない? 群れとかに出会えない子とか、いるんでしょ?」
「そうなの? そしたらずっとひとり?」
「うん。死ぬほど広い海で、陸とか見えないとこを1ヶ月とか泳いでるときとかあったらさ、俺、すげー不安になっちゃうと思う」
「あー俺そういうの絶対無理だ。家でもラジオとかテレビついてないと心細くなっちゃうし」
「あーそれはきついね。クジラも歌うらしいけどさ、自分がクジラだと、自分の歌だけしか聞こえないでしょ」
「それしんどい。ほかの音聞けないとパニックなりそう」
「だよねー」
「えーじゃあなんだろ、ライオンとか?」
「急に強そう」
「ライオンってさ、あれでしょ、ハーレムつくるんでしょ?」
「ああ、それ、プライドって言うんだよね。オスが1匹で、メスをたくさん連れてるってやつね」
「そうそう。いいじゃん。彼女ひとりからフラれても、まだ他の子がいるって思えたら超ポジティブにいられそう」
「そういう発想でライオン選ぶ人、初めて見た」
「いやライオンいいよ。俺もライオンだったら、別れそうな子にわざわざ貢いだりしないもん」
「自分で貢ぐって言うのやめなよ。そもそもライオンにそんな感覚なさそうだしね」
「そうだよな、いいなーライオン」
「でもオスのライオン、普通に過酷じゃない?」
「え、そうなの?」
「だってただ生まれてきただけなのに、オスってだけで、ある時期が来たら生まれ育った集団から追い出されるわけで」
「そうなの?」
「そうだよ。若いオスは追い出されて、自分で次のハーレムつくらなきゃいけないの。それで、ほかのプライドに乗り込んで、そこのボスであるオスライオンと戦って、勝つことで乗っ取ったりするって」
「あいつらそんなに苦労してんのか」
「数年に1回とかのペースでプライドのトップのオスは交代するらしいからね。負けたらまた放浪の旅だし」
「結局みんな孤独を味わうってかー」
「メスライオンはずーっと同じプライドで、血縁を絶やさないようにその中で一生暮らすらしいけどねえ。オスは難しいねえ」
「やるせないなあ。何かいい動物いないかな。こいつに生まれたら一生ハッピー! みたいなやつ」
「いやーそんな都合いい生き物はいないんだろうねえ、みんな過酷な環境で生きてんじゃないのかなあ。食物連鎖の頂点みたいなとこにいてもさあ、その中での競争がヤバいでしょ? 鳥とか、まだ飛べない兄弟を巣から落っことすやつとかいるよね。餌をもらえる確率増やすために」
「やっぱ人間が一番?」
「生存率みたいな意味で言えば、日本に生まれてこうやってダラダラ喋って生きていられてるのは、すごい恵まれてるんだろうねえ」
「そうかー、そういうもんかあ」
「異性とうまくいかない、みたいなのはまた別の問題だとは思うけどね?」
「まあそうだよな。あ、でもあれは? 遊園地にいる鳥とか、よくない? あいつらすっごい幸せそうじゃん」
「あーいるね、ああいうところの鴨とか、すごい太ってたりするよね」
「そうそう。エサなんていくらでも貰えてさー。それなのに野生の自由もあってさー」
「たまにすごい
「完全に餌付けされちゃってるやつね」
「そうそう。ああいうの、厚かましいけど、すごいなあって思う」
「いいよなー」
「でも、悪い人間もいるからねえ。変なもん食べさせられたりとかしたら危ないしねー」
「いや遊園地に行く人で、そんなやついる?」
「まあ、少なそうではあるね」
「でしょ? だったらやっぱり、遊園地の鳥が最強ってことだよ」
「そういう結論でいいの? これ」
「わかんない。でも、いいな、自由だし、安全だし。なりて~」
「まあ20万も払った末に別れたら、そう思う気持ちもわからなくないけどね~」
「お前は、なんかないの?」
「何が?」
「え、なりたいもの」
「そんな将来の夢みたいな聞き方されてもね」
「ないの?」
「あー、じゃあ、菅田将暉にはなりたいかな」
「え! そんなのずるいじゃん!」
「いや何が?」
「人間はナシでしょ、こういうの!」
「いや、ルール決めてないでしょ別に」
「えーでも! ずる! ずっる!」
「なんでなんで。ふふ。おもろいな」
「だってお前、俺が遊園地の鳥になってる横で、お前は菅田将暉になってんでしょ?」
「想像するとだいぶウケるね、それ」
「でしょ? 俺だって松坂桃李がいいよ、そんなこと言ったら」
「え、遊園地の鳥って言ってたじゃん」
「遊園地の鳥と松坂桃李のどっちか選べって言われたら、松坂桃李を選ぶだろ!」
「なんでちょっとキレてんの」
「だって芸能人もOKって聞いてなかったから」
「自分から始めたくせに」
「まあそうだけどさ」
「でも、菅田将暉も松坂桃李も、大変だと思うよ。ちょー努力してそうじゃん。悪い老け方しないようにとか、太らないようにとか」
「それは俺だって松坂桃李をやれるなら頑張るよ」
「まずは遊園地の鳥で頑張ってみなよ」
「なんで俺はずっと遊園地の鳥をおすすめされてんの?」
「まあ、その前に自分の人生頑張れって話か」
「急に正論。それは間違いないわ」
カツセマサヒコ
映画化もされた第1作『明け方の若者たち』での衝撃的なデビューから、第2作『夜行秘密』と人気作を次々に生み出す小説家。ぐさりと刺さる人間模様やリアルな感情の描写が、若者たちから熱い支持を集めている。執筆のみならず、ラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM、毎週木曜28時~)など、多方面で活躍中。
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※この会話はフィクションです。
撮影/伊達直人
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