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今日もどこかで、だれかが喋ってる。小説家カツセマサヒコさんの1話完結、オール会話劇!<メンズノンノ2023年11月号掲載>
「えーっと、田中くん、でいいのかな」
「あ、はい、田中です。今日は、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそー。同じ大学ってだけでさ、親近感湧いちゃうもんだよね、はは」
「わ、ありがとうございます」
「あとOB訪問ってさ、会社からしたら優秀な人材を取りこぼさないようにするチャンスなのよ。これも投資の一つってわけで、そんなにかしこまらなくていいからね」
「わ、はい、ありがとうございます」
「うん。じゃ、さっそく始めますか。気になることあったら、なんでも聞いてー」
「はい」
「……」
「……」
「ん? 何か、ないの?」
「あ、いや、何から聞けばいいかな、と」
「ええ? いや、なんでもいいよ。気になることがあればなんでも」
「ああ、じゃあ、小川さんの会社は、残業時間どのくらいですか?」
「え。いきなりネガティブだな」
「あ、すみません……」
「いやいや、まあ、大事なことだから。でもこれ、OB訪問だからよかったけど、本番の面接では落とされるかもしれないし、気をつけんだよ」
「はい、気をつけます」
「ん。で、残業ねー。100くらいかな」
「え! 100時間!?」
「そうな。1日5時間×営業日20日だとして、大変な月は100いってると思う」
「ええ、思うって、気にならないんですか?」
「あー、まあ、大変だけどさ、それで嘆いてたら、そこでもう成長は止まっちゃうじゃん? 1個のプロジェクト達成するためだったら、困難なこともあるよなーって」
「いや、考えがマッチョすぎますし、めっちゃブラックじゃないですか」
「あー、もともと体育会系だったからなぁ。アメフトやっててさ、スクワット200回! みたいなの、割と嫌いじゃなかったから。これブラックって言われるとなぁ」
「うわあ……」
「意外だった?」
「いや、Webサイト見る限り、そこまで体育会系って印象がなかったので」
「あー、いろんな人いるし、いろんな部署があるからね」
「そうなんですね……」
「え、田中くんは、何やってんの?」
「え?」
「部活とか、サークルよ。なんか、入ってないの?」
「あ、えっと、改札前カップル観察研究会に入ってます」
「は? 何それ」
「え? 改札前カップル観察研究会です」
「え、うちの大学、そんなサークルあんの?」
「あ、僕が創設者です」
「面白すぎるだろ、きみ」
「え、本当ですか? 活動は名前のまんまなんですけど」
「どゆこと?」
「えっと、終電間際の改札前に、カップルがよくいるじゃないですか」
「うんうん、あれな、面白いよな」
「あ、わかります?」
「わかるわかる。こう、ドラマがあるよな」
「そうです。あれを、ひたすら観察するサークルです」
「以上?」
「以上です」
「地味だな~。え、なんかないの? 改札前でキスしたらポイントが高い! とか」
「ないです」
「ないんだ。本当に見てるだけ?」
「そうですね。遠くから、邪魔しないように見てます」
「それ、部員は何人くらいいんの?」
「全体で80くらいです」
「多ッ! え、なんでそんな多いわけ」
「あー毎年、勧誘を頑張ってるからですかね」
「すっご。あれか。実際はオールラウンドサークルとか? 夏は海行って、冬はスノボ行って、みたいな?」
「いや、活動は、改札前だけです」
「逆に怖いな。てか、80人に見られてたら、カップルはもうトラウマになるだろ」
「あ、1カップルにつき、6人までっていうルールがあって」
「ポケカ売ってる店みたいだな」
「あ、ポケカ、好きです」
「そんな
「ふふ」
「えーでも面白いな。就活で
「え! 就活に活きないんですか!? これ」
「いや、確実に印象には残るし、80人集めたのもすごいけど。でもそれが会社に入ってからも有効な経験なのかって言われると、わかんないから」
「えー就活で活かせると思ったのに」
「まさかその理由でサークル作ったの?」
「はい」
「きみ、めちゃくちゃ計算高いな。駅前のカップルに興味もなかったのか」
「はい、全く。ただ就活のこと考えたら、ちょっと変わったエピソードを持ってたほうがいいかなって。やり始めてからは本当に好きになりましたけど」
「すごいハッキリ言うな。最初のインパクトが大きかったぶん、その理由を聞くとものすごくがっかりするし。面接で絶対に言わないほうがいいな、それ」
「そうか、わかりました。気をつけます」
「うんうん。じゃあ、えっと、他に聞きたいことは?」
「あー、えっと、会社を辞めたくなったときはありますか?」
「なんでネガティブばっかりなんだよ」
「あ、すみません……」
「いや、いいんだけど。辞めたくなったときかー」
「はい」
「1億の案件とばしたときは、割と人生の終わりを感じたかなー」
「いちお! く!」
「うんー。もう5年くらい前だから、時効だと思うけど。まさかだったよね、はは」
「え、それ、大丈夫だったんですか?」
「上司は左遷になった」
「え!」
「後輩も辞めたな」
「え!」
「大変だったわ、今思えば」
「なんで小川さんは、お
「いや、ボーナスなかったよ?」
「え!」
「でもまあ、生きてればそういうこともあるから」
「なかなかないですよ。鋼のメンタルじゃないですか」
「そうかなぁ。でも、そうな、うちはタフな社員が多いかも。田中くん、バイトとかしてる? 続くほう?」
「あー、ラブホの受付で、3年やってます」
「それ、就活で言うべきかまた悩むやつだな? きみはそういうのしかないのか」
「いや、受付なんで、エロいことしてないですよ」
「そこが問題じゃないんだけどな。まあ、『ラブ』の部分は言わないでホテルのフロントって誤魔化せばいいか」
「じゃあそうするようにします」
「でも3年も続けてるのはいいね。どうしてそのバイトにしようと思ったの?」
「あ、友達が半グレの人と交流してて」
「きみ本当に正直に話すな? もう少し本音を包むことを覚えたほうがいいな?」
「あ、すみません……」
「まあ友達の紹介ってことだ」
「そうですね、抜けられずにいます」
「怖い言い方をいちいちしないでおくれよ」
「すみません」
「え、田中くんさ、なかなかユニークで面白いんだけど、どうしてうちの会社受けようとしてるの? なんかいいなーってところあった?」
「いや、選考が早くて、練習になるかなと思ったんです」
「はっきりと踏み台にするじゃん」
「いや、踏み台とまでは言わないです、滑り止めとして」
「言葉選べって。働いてる人が目の前にいるんだから」
「あ、すみません……」
「本当に
「あ、じゃああの、小川さんは、有給とか使えてますか?」
「あー、有給かぁ」
「はい」
「部署にもよるんだけど、俺は、ないな」
「ない!?」
「いや、正確に言えばあるんだけど、使わない方針があって」
「使わない方針!?」
「まあ、いろんな会社があるってことだな」
「まとめ方が雑すぎますよ。え、本当に大丈夫なんですか?」
「いや、そう言われると転職したい気もするけど、まあ忙しくて、その余裕もないしな」
「完全に抜け出せない人じゃないですか」
「でも、きみは向いてると思うよ」
「僕は今エントリーを取り消そうと思ったところですよ」
カツセマサヒコ
映画化もされた『明け方の若者たち』での衝撃的なデビューから、2作目『夜行秘密』と人気作を生み出し続ける小説家。ぐさりと刺さる人間模様やリアルな感情の描写が、若者から熱い支持を集めている。執筆のほか、ラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM、毎週木曜28時~)など、多方面で活躍中。
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※この会話はフィクションです。
撮影/伊達直人
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