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今日もどこかで、だれかが喋ってる。小説家カツセマサヒコさんの1話完結、オール会話劇!<メンズノンノ2023年10月号掲載>
「ねえ」
「んー?」
「……浮気」
「え?」
「浮気してない?」
「ん……? どしたの、急に?」
「いや、してるでしょって」
「浮気? 俺が?」
「うん」
「……いやいやいや、え、なんで? どうしたの?」
「いや笑うとこじゃなくて。答えてよ、聞いてんだから」
「いや、だって、そんな急にさ」
「急とかないし。してないならしてないって言えばいいから」
「いや、そうじゃなくて。え? いや、してないよ、してない、してない」
「してないの?」
「え、うん、うん、してないしてない」
「え本当に?」
「え、何、あ、疑ってる? 疑ってんの?」
「いや、疑ってるっていうか」
「何? 何?」
「え、じゃあ、スマホ見せてよ」
「え、待って、なんなの急に。すごい来るじゃん。完全に疑ってるじゃん」
「いや、してると思ってんだけどさ」
「なんでだよ。してないって言ってるじゃん」
「え、絶対に? 本当にしてないの?」
「うんうん、そう言ってるじゃん」
「じゃあ、スマホ見せて。浮気してなかったら見せれるでしょ」
「いや、そうだけどさ、でも、ほら、プライバシーじゃん、スマホって。プライバシーに関わってるじゃん」
「え、ちょっとくらい良いじゃん。
「いやいやいや、彼女でもよくないって、そういうのは。え、なに、逆に、見られてもいいわけ?」
「べつにいいよ、私は」
「いやいやいや。え? いいの? いや、でもさ、そっちはよくてもさ、俺はよくないとか、あるじゃんそういうの」
「えわかんない。別によくない?」
「ええー、マジで? なんでわかんないの? マジで言ってんの?」
「だって浮気してないんでしょ。だったらべつにいいじゃん」
「いや、浮気はしてなくても、ほら、えー、見方によっては怪しいなー、みたく思っちゃうやつがあるじゃん。ね?」
「ないよ、そんなの」
「あるよ、あるある。しかも今、疑ってるわけでしょ? 疑ってる状態で見るスマホは、ぜんぶ怪しく見えちゃうって絶対」
「いや、そんなことないから。はい、いいから見せてって。安心したいだけだから」
「こっちが安心できないから! それによって!」
「はあ? 何それ」
「えーだから。待ってよほんと。え? 何、じゃあさ、三分待ってよ。それでよくない?」
「え三分でどうすんの」
「え、怪しいなーって思われそうなのは消すから」
「それ意味ないじゃん。それが見たいのに」
「いやだから、見てどうすんのって。勝手に傷つくだけじゃん」
「は? 傷つくようなこと書いてるってこと?」
「いやそーうーじゃーなーいーけーど!」
「いいからもう。見せて」
「ええー、ちょっともう……あー。ええ?」
「はい」
「どうなっても知らないよ? いいの?」
「え、こわ。なに急にその態度」
「それでいいならいいよ、ほら」
「ええ? 本当怖いんだけど。なんなの」
「で、一応そっちのもちょうだいよ、スマホ」
「あ、はい。……ん、どうぞ」
「はい」
「……」
「……」
「はあ?」
「……」
「これ、完全に浮気してるよね?」
「してないって」
「じゃあ、ミオって誰よ」
「うん」
「うんじゃなくて」
「地元の友達」
「……キモ」
「いや、キモって……」
「いや、キモいじゃん。めちゃくちゃ気持ち悪いやりとりしてんじゃん」
「いや、そういうさ」
「キモ。無理だわこれ。きっつー。完っ全に浮気じゃんこれ。この女、完全にノってるし」
「いや、してないって。してない。ねえ、だから言ったじゃん、見ない方が」
「いや浮気してんのが悪いでしょ、どう考えても」
「いや浮気じゃないって」
「いや無理だって。これ絶対浮気だもん。朝帰りしてんじゃん。私にはサークルの飲み会だって言ってた日にさ」
「いやそれも、朝までいただけで」
「朝まで? 二人で? それで浮気じゃないわけ? 『また朝までいようね』とか書いてあるけど?」
「違うって、違う、違う」
「これで違うってのはないでしょー。少なくとも向こうはその気じゃん」
「いや、でも」
「でもじゃないし」
「……」
「……え? てかさ、これ、私からのLINEどこ?」
「……」
「え、ないけど。もしかして消してんの?」
「……」
「ねえ、なんで浮気相手のが残ってて、私のが消えてるわけ?」
「消してない」
「は? じゃあどこ? どこにあんの?」
「……これ」
「え、これ? 佐川急便って書いてあるけど」
「……」
「え、どういうこと? 私のこと、佐川急便で登録してんの? なんで?」
「ごめん」
「いやいや、ごめんじゃなくて。え、マジで言ってんの? このミオって子に通知見られたくないからってこと? それで? 彼女のことは佐川急便でいいやーってなったってこと? え、無理無理、なにこれ」
「いや違うんだって、それは罰ゲームで」
「はあー? 罰ゲームでこのノリはないでしょー。ずっと私のこと邪魔だと思ってないとできないでしょー」
「ねえだから、やめとけって言ったのに」
「言ったのにじゃないだろ!」
「ごめんごめんなさい」
「え、もう別れるよ? これ、別れることになるけどいいの?」
「ごめん待って、違うから」
「違うってことはないでしょ。それは無理だって。完全に黒だもん。説明つかないって」
「違うって!」
「……」
「……じゃあ、ちなみにだけどさ」
「何」
「お前のLINEの、この、ケントって人さ、元カレじゃないの?」
「え」
「これ」
「……」
「元カレだよね、これ?」
「……」
「結婚したって言ってなかった?」
「……言った」
「なんで、会ってんの?」
「……会ってない」
「会ってるでしょ。『会えて
「それは違くて」
「え? 違うの?」
「……」
「ごめん、俺も責められる立場じゃないから、いま超複雑なんだけどさ、これ、お前も浮気じゃないの?」
「……非表示にしてたよね?」
「いや、LINEを非表示にしたらイイとかじゃないから。普通に検索すんだよ、元彼の名前とか。散々聞かされてたからさ、気になって最初に調べるわけ。ネチネチしてるって前に言われたけど。ネチネチしてるからさ」
「……」
「そしたらビンゴじゃん。一週間前とか。つい最近じゃん。お前、何してんの?」
「でも、なんもしてないから」
「いやそもそも『もう会わない』って約束じゃん。破ってるから。会ってる時点で」
「……」
「もうこれ、ダメじゃん。ほら。スマホってこうなるんだよ。俺もなんもやってないし、お前もなんもやってないって言うけど、完全に黒にしかならないじゃん」
「ごめん」
「いや俺もごめんだけど。ごめんごめんになって、もうお互い信用できなくなっちゃったら、同棲とかマジでしんどいじゃん。だから」
――ピンポーン――
「……誰?」
「……佐川来たかも」
「ねえ、やっぱり佐川って入れてたのだけは許せないんだけど」
カツセマサヒコ
映画化もされた『明け方の若者たち』での衝撃的なデビューから、2作目『夜行秘密』と人気作を生み出し続ける小説家。ぐさりと刺さる人間模様やリアルな感情の描写が、若者から熱い支持を集めている。執筆のほか、ラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM、毎週木曜28時~)など、多方面で活躍中。
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※この会話はフィクションです。
撮影/伊達直人
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