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オトナとコドモの境界線【連載】カツセマサヒコ「トーキョーカンバーセーションズ」第16回

オトナとコドモの境界線【連載】カツセマサヒコ「トーキョーカンバーセーションズ」第16回

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今日もどこかで、だれかが喋ってる。小説家カツセマサヒコさんの1話完結、オール会話劇!<メンズノンノ2023年7月号掲載>

 

「え、待って待って」

「何?」

「今すごい金額出なかった?」

「何が?」

「Suica、8000円って出たよ?」

「あ、残高?」

「うん」

「ウン」

「いや、ウン、じゃなくて」

「え何?」

「お前、いくらチャージしてんの?」

「1万」

「はあ!?  1万!?」

「何、どしたの」

「いやいやいや、Suicaに1万って!」

「え、だめ?」

「いや、オトナ!」

「なんだそれ」

「俺1000円だよ? 気合い入れても3000とかだよ?」

「あーわかるよ」

「わかってないだろ! 1万ってお前、すご! すご!」

「いやうっさいわ、なんだよ」

「なんでよ! 騒ぐでしょうよ同級生で1万入れてるやついたら!」

「そんなことないだろ」

「いやオトナすぎるって。1万だよ? 1万あったらお前、もっと使いたいこといろいろあるだろ普通!」

「それは財布と別で考えれば良くね?」

「別じゃないだろ普通!」

「普通って何よ、普通って」

「だから、俺たちくらいの世代はさ、ポンと1万円、Suicaなんかに入れられないでしょ、普通は」

「いや、別にポンっとは入れてないよ?」

「え、お前、富豪だった? 石油王の息子?」

「違うって。てか石油王の息子なら電車じゃなくて自家用ジェットとか乗っててほしいだろ」

「そうかもだけど、でもお前、1万はすげーべ。何、競馬当たったとかじゃなくて?」

「いや、当たってない」

「じゃあ、いつも1万チャージしてるってこと?」

「まあそうだけど」

「大学生が?」

「ダメなのかよ」

「むしろ格好良すぎるだろ」

「そんな格好良くはねえだろ、1万くらい」

「はい、1万『くらい』って言った! 完全に富豪の発言です。証拠押さえました」

「やめろってそのノリ」

「ねえ、なんで1万入れんの?」

「いや、マジで言ってる?」

「うん、マジ、マジ。俺、初めて見たよ? 同い年で1万入れてるやつ」

「そこそこいるって。たまたま俺だっただけだろ」

「そうだとしても知りたいって。謎すぎるじゃん。だってお前、1000円だけ入れてたら、あと9000円財布に残ってるんだぞ?」

「なんだそのバカ向けの算数の問題みたいなやつ」

「バカって言うなよ」

「そこに食いつくんじゃないよ」

「じゃあなんで1万入れんの?」

「え、逆に、なんで1000円ずつ入れんの? 面倒じゃない? すぐにチャージすんの」

「それは財布に9000円残ってる方がうれしいからだろ」

「どゆこと? Suicaに1万入れてても、自分のお金は変わってなくない?」

「は? 変わってるだろ。財布から無くなってんだから」

「だからそのぶんSuicaに1万入ってんでしょって」

「そしたらもうSuicaでしか使えないじゃん」

「そりゃそうだろ」

「それが嫌だから、現金で残しておきたいの。何に使うかわかんないから」

「そんなに現金が大切なことある?」

「あるだろ普通に。え、マジでなんでSuicaに万札入れられんの?」

「だって結局は使うお金じゃん。電車とか、よく乗るでしょ?」

「ほとんど乗らない人もいるけどね」

「だとしても、1万円分くらいの交通費ならいつか使い切るでしょ」

「まあ、いつかはね」

「だったらそのたびチャージするより、最初に払って残額とか気にせずに暮らせた方がハッピーじゃない? 1000円ずつとか、急いでる時に残額不足になったら嫌じゃない?」

「それは嫌だ」

「でしょ? そういう心配しなくて済むし、結局いつかチャージするなら十回分まとめてチャージできた方が良くない?」

「いやー、ええー?」

「金持ちとかじゃなくて、先に入れておけば焦らなくて済むって話だよ」

「……これ、論破されてるな?」

「論破とかじゃねえから、こういうの」

「でも、あれは? 1万チャージした直後に、9000円の欲しいものができたら?」

「そんなんクレカ切れよ」

「出た! 富豪! 豪族!」

「豪族は意味ちげえだろ。てか、カード切れるでしょ? 持ってないの?」

「持ってるよ。持ってるけど、それは人生の切り札に使うもんだろ」

「どうしても欲しい9000円のものは切り札使う場面じゃないの?」

「ああー、ちょっと違うんだよなーそれ」

「なんでだよ全然わかんねえよその感覚」

「え、カードよく使う?」

「まあ、うん」

「それ、カードの請求きつくない?」

「きついきつい。うわーってなるし、明細確認して何かの間違いじゃないのって思ってる」

「思ってんじゃん」

「え、うん」

「じゃあ現金で払ったほうがいいでしょ。カードの苦しみから解放されるし」

「いや、変わんないから。いつ使ってるかの違いじゃん、それは」

「はあ? すごい、なんなの、その余裕は」

「余裕じゃないって」

「余裕ないとSuica1万チャージはいけないって」

「だからそんなことないだろって。先に払うか、後に払うかの違いだけだよ」

「いや、頭ではそう理解できてたとしても、Suicaに突っ込む勇気は出ないでしょ」

「あ、それはね、バイト代入ってすぐのタイミングがいいよ。俺もそしたらいけたから」

「え、給料日にチャージすんの?」

「そうそう。お金があるうちにガツンと入れておくと、安心するよ」

「財布や口座が金で満ちてる感じを、お前は味わいたくないの?」

「は? 何言ってんの?」

「だから、バイト代入って、口座が潤います」

「はい」

「その満ち足りた状態を、味わいたくないんですかってこと」

「それ、意味あんの?」

「意味とは?」

「意味とはじゃないよ。財布満ちてるわ~って、それやる意味あんのって」

「心が豊かになるだろ」

「むしろ寂しいよその発想が」

「うるさいよ、なんだよさっきから」

「いやそっちがだよ。いいじゃん、金あるうちに1万入れれば」

「いやー無理無理、ほんとそれは無理。お前はオトナすぎる」

「こんなんでオトナとか言われたくないよ」

「俺の中で、オトナかどうかのジャッジはSuicaへの入金額だけで決まってんだよ」

「なんだその資本主義まみれの大人ルール」

「じゃあどうなったらオトナで、どこまでがコドモだっての?」

「あー……」

「むずいべ」

「うーん、でもアレじゃね? 子供に戻りたいって思った瞬間から、大人じゃね?」

「お前さ」

「何?」

「未来から来たべ?」

「はい?」

「回答が完璧すぎだろ。オトナ通り越して未来人じゃん!」

「頼むから同級生でいさせてくれよ」

「同級生だけど未来人だよもう」

「ヤケクソになるなよ」

「いやー格好良すぎるだろー。コドモに戻りたいと思った瞬間からオトナね! 俺たちもう、オトナじゃん!」

「まあ、そもそも成人してるしな」

「あ、てか今年、成人式じゃん。行く?」

「行くよ」

「え、行くんだ? えらいな」

「え、なんで? 行かないの?」

「うん迷ってる。会場の外までは行くかもだけど、中に入ってもどうせおっさんたちの話聞くだけっしょ? ダルくね?」

「それさ」

「何?」

「社会への反抗の仕方が、子供すぎじゃね?」

「そこ!? いや、お前どんだけオトナだよ」

「いや、つまんねーかもだけど、そこで席を立って遊ぶのは、子供すぎでしょ」

「オトナ! もうお前はオトナ 子供の敵!」

「急に距離を取るなよ。なんなんだよ」

「てか、次の予定どこって言ってたっけ?」

「あー、麻布十番」

「やっぱりオトナじゃん!」

「お前の大人の定義なんなんだよマジで!」

カツセマサヒコ


『明け方の若者たち』『夜行秘密』と人気作を生み出し続ける小説家。ぐさりと刺さる人間模様やリアルな感情の描写が若者から熱い支持を集めている。執筆のほか、ラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM、毎週木曜28時~)など、多方面で活躍中。
インスタグラムは@katsuse_m

※この会話はフィクションです。

撮影/伊達直人

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最終更新日 :

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