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今日もどこかで、だれかが喋ってる。小説家カツセマサヒコさんの1話完結、オール会話劇!<メンズノンノ2023年6月号掲載>
「ねえ、もう
「いや、うーん」
「さっきからすごいんだけど。この店全部、あんたのネガティブオーラで包まれてるよ」
「だってさあ」
「もう仕方ないじゃん、メソメソしてもなんも変わんないよ?」
「うーん」
「うーんって」
「落ち込んでも変わらないとしてもよ、落ち込むもんは、落ち込むじゃん」
「そりゃそうだけど」
「あああー、なんで返信ないんかなあー」
「いやだからー、さっき言ったじゃん」
「何?」
「忙しいんだって」
「いや、いくら忙しくてもさあ、LINEだよ? 返事のひとつくらい、できるじゃん」
「それは人によるって。余裕なかったら、私も後で落ち着いた時に連絡しよって思うし」
「でも、もう3日だよ?
「いや、だから、体がちょっと空いてたとしても、頭は全然そっちにいかないことって、あるんだって」
「面倒だからってことでしょ?」
「いや、面倒っていうか。まあ、あんたが面倒ってわけじゃなくて、もう全部が面倒な時ってあるじゃん! 返事したくないなー何もしたくないなーって時!」
「3日も? そんなのあるかあ?」
「あるよ! ある! 全然ある!」
「でも、SNSは触ってんだよ? さっきも『いいね!』欄見たら、10分前くらいの投稿に『いいね!』してんだよ?」
「『いいね!』欄までチェックするなよ」
「いやわかってるけど! キモくなっちゃうの! 恋愛ってキモくなっちゃうものじゃん!」
「開き直ってもキモいもんはキモいよ」
「だって気になっちゃうんだもん」
「アレでしょ、あんた、インスタのストーリーとか、彼女からの足跡確認しちゃうタイプでしょ」
「しちゃうしちゃう、全然しちゃう」
「なんなら彼女のためにストーリー投稿してる説あるでしょ」
「“親しい友達”とか、彼女だけの時ある」
「本当に重症じゃん」
「自覚してます」
「やれやれだよ。もう心配なんだけど」
「いやー俺も自分が心配。てかさ、ストーリー見てるなら、返事くれても良くない?」
「だからー」
「いや、忙しいのはわかったよ? だったらさ、せめてストーリーの既読はつけないでおいてよ。そのくらいの配慮はしてくれても良くない? なんつーか、もうデリカシーすらないと思うのよ。こっちがずっと待ってることもさ、向こうはわかってるんだし。残酷なのよ、ストーリー見てるけど返事はしないっていう状況が」
「いやー、それもまたなー、難しいね」
「なんで!? そのくらい良くない!? まじ、俺そんなにわがまま言ってる?」
「いや、彼女さんの気持ちは知らないけどね? でも連絡頻度なんてさあ、人によるとしか言いようがないじゃん。たまたま相性がいいってこともあるし、全然タイミング合わない人もいるでしょ」
「合わない場合どうすんの」
「どっちかが折れるか、歩み寄るしかないと思うけど」
「じゃあちょっとは向こうが歩み寄ってほしいじゃん!」
「いやあんたが妥協すればいいじゃんって話よ」
「ええええええ、本当に無理ぃ、このペースは無理ぃ」
「メンヘラこじらすなよ~」
「めっちゃ好きなのにさー、しんどいわあ」
「別に彼女があんたのこと好きじゃないってわけではないでしょ」
「いやー、でも、好きだったら即レスするでしょ」
「そうかなあ、そうじゃない人もいると思うけどなあ」
「え、放置する?」
「私はずっと連絡したいけど」
「ほら! でしょ? 普通はそうだって!」
「いや普通ってなに。そんなの人それぞれだって」
「でもさあ~、付き合いたてなわけよぉぉ、いろいろ不安になるじゃん~」
「まあねー、気持ちはわかるけどね」
「こっちはもうマジで24時間考えてるわけよ、ずっとね」
「それはそれで重いんだけどさ」
「軽いよりいいだろ、軽いより」
「相手には重すぎるのかもよ」
「そういうこと言わんと」
「もうなんか、わかったわ」
「なになに」
「あんたさ、暇なんじゃない?」
「は?」
「寂しいのは、あんたが暇だからだよって」
「そんなはっきり言うことある?」
「図星でしょ?」
「図星だとしてもストレートすぎるわ」
「頭の中を彼女で埋めてるから、そんなメンヘラこじらせるんだよ」
「だって恋ってそういうもんじゃん」
「ちーがーう! そうすることであんたが気持ち良くなっていたいだけでしょ。なんか、分泌されるじゃん、その人のこと考えてるとホワワ~ってなるでしょ」
「なる」
「それに浸っていたいから、脳のキャパを全部彼女で埋めてるだけだって」
「そうかあ? てか、そうだとしても、自然にそうなっちゃうんだからコントロールしようがなくね?」
「いや、なんもしてないからだよ。時間持て余してるんでしょ」
「そんなことねえよ? 俺だってバイトとか、いろいろ忙しいよ?」
「バイト中は一瞬忘れられるでしょ」
「まあ一瞬ね?」
「そういう時間、増やしなよ、なんもしてないからスマホばっかり見ちゃうんだよ」
「今、風呂場にも持ち込んで、『いいね!』欄確認してるから」
「自慢げに言うことじゃないよそれ。ストーカーだよ?」
「しゃーないじゃんそんなのー」
「わかるけど。わかるけどねえ」
「それを暇って言われると、まあ図星だからしんどい」
「いやー病的すぎるから。ちょっと彼女から自分を引き剥がした方がいいよ。彼女も、その方が安心して付き合ってられると思う」
「そうかなあ」
「だって、向こうはそれで平気なんだもん。忙しい生活の一部に、あんたがちょこんといるくらいでちょうどいいのよ」
「俺も、それに合わせろと?」
「合わせるっていうか、
「たとえば?」
「は?」
「恋愛より楽しいものってなに?」
「え、こわ。もう恋愛があらゆるエンタメの中で絶対的ナンバーワンになっちゃってる人じゃん」
「いやそこまで言わんけど、ふふ」
「ふふじゃないよ。まあ友達との時間増やすとかでもいいし、バイト必死になってお金
「ああー、なるほどね」
「映画とかマンガとかもさ、音楽とかでもいいけど。多分もうウチらが生きてる間には見きれないくらいの量があるっしょ」
「そうな」
「そういうの。そういうの触れてさ、なんていうの、一人の時間を充実させてあげた方が、人間としても魅力が上がるじゃん」
「まあ、そうなあ」
「少なくとも彼女をネトストするよりは充実してると思うのよ」
「ネトストしたくなっちゃうけどなあ」
「それは暇だからなんだって」
「いや、ネトストは、不安だからだよ」
「じゃあ、不安は暇から来るんじゃない?」
「そんな言い方ある? この心寂しさが、暇で片付けられようとしてる?」
「そうだよ」
「そうだよって」
「てか、心の中の依存度みたいなものをさ、恋愛に高めすぎてるから不安になるんだよ。その依存度をもっと薄めていけば、不安も小さくなるし、彼女が数日連絡してこないくらいでメソメソしたりしなくなるよ」
「お前、それ、なあ」
「何」
「いや、合ってるよ、お前が言ってることは正しい。でもさ、そんな恋愛、果たして本当に楽しいんか? 心を締め付けられるくらいの激しい恋、したくないんか?」
「なんなのその言い方」
「本音です」
「いや、それだと心身ボロボロになるから、少しは心に余裕を持たせなよってことだよ」
「また正論だよ」
「正論じゃダメなの?」
「あのね、今は答えじゃなくて、共感が欲しくて話してるのよ」
「私そのセリフ元カレに言ったことあるけど、ようやく元カレの気持ちがわかったわ」
カツセマサヒコ
映画化もされた『明け方の若者たち』での衝撃的なデビューから、2作目『夜行秘密』と人気作を生み出し続ける小説家。ぐさりと刺さる人間模様やリアルな感情の描写で、若者たちから熱い支持を集めている。執筆のほか、ラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM、毎週木曜28時~)など、多方面で活躍中。
インスタグラムは@katsuse_m。
※この会話はフィクションです。
撮影/伊達直人
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