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今日もどこかで、だれかが喋ってる。小説家カツセマサヒコさんの1話完結、オール会話劇!<メンズノンノ2023年3月号掲載>
「おつかれー。二十日って空いてる?」
「はい、出た。用件を言わずに日程だけ確認してくるタイプ。そんなの内容によるに決まってるだろ」
「だって内容で断られたらショックなんだもん」
「いやわかるけど。そこは誘われる側の気持ちでいてくれよ」
「じゃあ、絶対断らないって約束してくれる?」
「お前付き合ったらめちゃくちゃ面倒くさいタイプだろ」
「あー、よく言われる」
「だろうね」
「お前が断らないって言わない限り、今日は俺、絶対に帰らないから」
「ノリノリでそっちに寄せなくていいんだよ」
「ごめんて」
「行かないよ」
「早いよ! 内容伝えてないじゃん!」
「内容よかったら普通は最初に言うだろ」
「いや、そうかもだけど! 一応聞いてから判断してもいいじゃん!」
「結果もうわかってるからいいじゃん。行かない」
「いーや、聞いて。一応聞いて。それが人の優しさってもんだから」
「なんだよそれ。わかったよ、聞くよ。だから最初に用件言えって言ってんだよ」
「ごめんて。ちなみに二十日、日程的には空いてるのね?」
「あー、空いてる」
「おっ、じゃあ来ればいいじゃん」
「だからなんでそうなるんだよ。お前、その内容がめっちゃくちゃひどいイベントだったとして、それでもそんな気軽に誘うのかよ」
「めっちゃくちゃひどいイベントかどうかはその人によるだろ」
「だからその内容をさっさと教えろって言ってんだよ」
「そんなプリプリすんなよ。エビかよ」
「海産物に例えるなよこの怒りを」
「ごめんて」
「で、何やんの?」
「飲み会」
「誰と?」
「みんな」
「行かない」
「早い! 早すぎるよ! 残像見えたよ今」
「いやー、行かないねえ」
「なんで? まだ『みんな』しか言ってないんだよ? みんなが誰かとか興味ないわけ? 人類がお嫌い?」
「みんなでしょ? 無理だよ、無理」
「どうなってんだよその思考。あー、じゃあお前。アレだ、好きな芸能人、いるだろ。誰よ」
「川口春奈」
「飲み会来るって言ったら?」
「行かない」
「なんで!? 好きな芸能人が来る飲み会だよ!? どんだけこじらせてんだよお前、正直になれよ」
「だって『みんな』の中に川口春奈がいるんでしょ?」
「そうだよ、同じテーブルかもしんねえよ?」
「そのテーブル、何名席のイメージよ」
「八人とか」
「行かない」
「なんでだよ! え、どういう理屈!?」
「じゃあ仮に八名の中に川口春奈が交ざってて、お前、まともに川口春奈と話せるチャンス、何回あると思うよ?」
「まともに話そうとするのがまずキモいんだけどね?」
「その感情は置いておくんだよ、とりあえず」
「いやー二時間あったらそこそこ話せんじゃね? だって川口春奈が話題のメインになってるだろうし、いろいろ話聞けるチャンスでしょ、そしたら」
「あー、そういうモブな距離感じゃないんだよなー俺が求めてるものは」
「スッゲー上から来たなどうした」
「まともに話したいんですよ、川口春奈が来るなら」
「はいはい、誰だってね」
「それが、八名の中の一人だって言うんでしょ? つまり、俺と春奈を除いて、あと六人もモブがいるわけだ」
「そのモブって言い方失礼だからやめようか。あと『春奈』って呼ぶのも多分よくないかな」
「ああそうね、つい」
「それで?」
「六人もモブ、というか一般人がいたらだよ」
「うんお前も一般人だけどな」
「さっきから細かいな。ともかく、六名も他のやつがいると、俺が埋もれちゃうだろ」
「なるほど? 埋もれるのが怖いから、八名はやめてくれと」
「いや埋もれないけどね? それに怖いわけじゃねえんだけど、ちょっとそれは、落ち着いて話せないから嫌だなって」
「お前さ、逆に二人とかだったら、川口春奈と落ち着いて話せんの?」
「二人きりはダメだよそんなの。事務所がダメだよそれは」
「なんでお前が事務所の心配すんだよ面倒くせえな」
「ダメダメ、緊張するし」
「そうだよな話せないよな。じゃあ大人数でいいじゃん」
「いや大人数は無理ー、本当に無理」
「八人はダメ、二人もダメ。じゃあ何人がいいわけ?」
「いや、それは三人か、四人でしょ」
「なんで」
「なんでって。四名テーブルくらいの距離感を想像してみいよ? 会話からハブられるやつもいないし、みんなで一個の話題にスッと入っていけるだろ? そんでじっくり何かを語るとか、大はしゃぎするとか、泣きたくなる話するとか、そういうこともしやすい人数を考えると、三人か四人なのはもういい大人なんだから大体わかるだろお前」
「いい大人かどうかはわかんねえけど、まあそうなのな?」
「そうだよ」
「五人はダメなの?」
「五人?」
「うん。誕生日席に一人座るの。そこが川口春奈」
「五人はダメだよ。三、二に割れるから」
「いいじゃねえかよそんくらい! どっかで合流すんだろその規模なら」
「ヤダヤダヤダ、その三、二で割れた時にどう考えても三のバカみたいな話の方が面白そうなのに自分は二の方にいて真面目な話を延々と続けなきゃいけないその空気を想像しただけでもう無理。絶対に三に入りたい」
「なんなんだよお前」
「だから四人が限界です、飲み会は」
「だから誘っても行かないってこと?」
「そうです。『みんな』の時点で四人より多いだろ、確実に」
「そりゃさすがにそうだけどさあ」
「はい、行きません、行きませんー」
「いや、でもさ、でもさ。じゃあ、多かったら四名テーブルに座った四人とかで、固まるだろ? そしたら、そこはもう四人で来たって思えばいいじゃん。そこでずっと話してたらいいじゃん」
「それだと他のテーブルの話が気になるじゃん」
「は?」
「だから、たとえば自分がいないテーブルでめちゃくちゃ盛り上がってるところがあったら、お前は悔しくないの?」
「いや別に」
「ウッソだね」
「ウソじゃねえだろそこは」
「え、気にならないの? 他のテーブルがどんな話で盛り上がっていて、そして、そこに自分がいないことで疎外感を覚えたり一切しないってことですか? は?」
「だから何にキレてんだよお前は」
「今の想像しただけでやっぱりムリ。全然楽しめる予感がしない」
「いや、そんなのさー、盛り上がったテーブルがあったらそっちにしれっと移ればいいんじゃないの? なんで隅でいじけようとすんだよ。自由に動けばいいじゃん」
「そんなの俺が移動した瞬間に、あーあいつは俺たちを見捨てて楽しいテーブルに行くような薄情な人間なんだな~って思われるからに決まってるじゃん!」
「誰もそんなこと考えてねえよ! どんだけ自意識過剰なんだよお前」
「いやームリムリ。やっぱり大人数は無理だって」
「まあ、そこまで言うなら無理には言わんけどさあ」
「うん、なんか本当ごめん。無理なんだわ」
「うんー、しゃあないけど。てゆうか、言ってもそこまで人数多くないよ?」
「え何人なの?」
「二桁だし」
「あたり前だろ二桁なのは! 三桁だったら招待状出せもう!」
「草だわ」
「草じゃねえよお前。飲み会人数を桁数で言うのやめろ。びっくりパリピ発言じゃねえか」
「ごめんて。でも本当、ちょっと増えそうだけど、五十とか」
「あームリムリムリ! むしろよく俺を誘ったなその規模で!」
「いや、念のため?」
「本当に念のためだよそれは。行かないよ、行かない行かない。楽しんできてくれよみんなで」
「寂しいなあ、じゃあ、また今度な?」
「うん、四人でな!」
カツセマサヒコ
映画化もされたデビュー作『明け方の若者たち』、第2作『夜行秘密』と立て続けに人気作を生み出す小説家。リアルな感情の描写で、若者から熱い支持を集めている。執筆のほか、ラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM、毎週木曜28時~)など、多方面で活躍中。今年は3作目となる長編の刊行予定もあり、ますます目が離せない!
インスタグラムは@katsuse_m。
※この会話はフィクションです。
撮影/伊達直人
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