▼ WPの本文 ▼
「お兄さん、1人なの?」
「え、あ、僕ですか?」
「そりゃそうだよ。他に誰もいないんだから」
「ああ、すみません」
「1人?」
「あ、はい」
「どこ行くの?」
「えっと、九十九里浜まで」
「ああ、海いくの」
「はあ」
「もう泳ぐ季節じゃないでしょ。何しにいくの」
「いや、えっと」
「アレだ、自分探しってやつだ。流行ってるやつ」
「いや、そういうんじゃ」
「いやいや、いいのよ。若い頃はね、おじちゃんもよく旅したのよ。1人でね」
「はあ」
「あのね、熱海。熱海で1人は、おもしろかったよー。あそこはな、不倫とかで行くって言われてたけどな、1人で、向こうで女ひっかけてな、どこ行くと思う?」
「あー、わかんないです」
「秘宝館だよ。秘宝館わかる?」
「ああ、行ったことないですけど」
「あれは、おもしれえぞぉ、行っとけ行っとけ。ほんとな、そこでな、女が照れてるところを見るのが楽しいんだわ、これな」
「はあ」
「そんで、安い宿でいいからな、ちゃんと旅館に泊まんだよ。この時代だからな、若いのはすぐホテルだとか、あれだ。ワイフィーとか言うけどな」
「ワイファイですかね」
「あー、それそれ。な、そういうの、いらんのよ。やっすい旅館で、いい温泉と、ビールな。もう、クゥーって。それだけあればいいんだから」
「でも今飲まれてるのは、チューハイですよね?」
「ああーこれ。これはもう、ジュースみたいなもんだから。うん、俺このあとな、人と会わなきゃなんねえから。そんな昼からな、酔っ払っちゃダメなわけよ」
「はあ」
「ただのダチなんだけどね」
「え?」
「会うやつだよ、これから」
「ああ」
「こいつがもう、付き合い長えんだけどな。いい
「はあ」
「お兄さんは」
「え?」
「酒飲めんの」
「あ、いや、そんなには」
「えー、そうなの? 若者のアルコール離れってなあ。あれ本当か。飲まねえのか」
「いや、飲む人は、飲むんじゃないですか」
「飲む人が飲むのは当たり前だろお? 俺だって飲んでんだから」
「はあ」
「お兄さんの周りはみんな飲んでんのかって聞いてんのよ」
「いや、うーん。飲み会とかはよくありますけど、でも、そんな、
「そうかあ。つまんねえなあ。まあな、酒は飲んでも飲まれるなって昔から言うもんだからな。逆に言うと、それまでは飲めよってことでもあんだよ。ちょっと酔っ払ってな。それくらいがちょうどいいってことよ」
「はあ」
「あとは、楽しく飲むことだよな。泣いたり怒ったりとかな、そういうのはよくねえよ。辛気臭くなるだろ?」
「はあ」
「これから会うダチもよお、酔っ払うとすぐに泣くんだよ。泣き上戸だと、どうしていいかわかんなくなるだろ。やっぱ酒は楽しく飲まなきゃだめだよ」
「はい」
「お兄さんは?」
「え?」
「酔っ払ったらどうなんの」
「いや、あんまり変わんないですね」
「そっか」
「はい」
「……飲む?」
「え、これですか?」
「いや。もう一本あるから」
「いえ、大丈夫です」
「そう? 本当に?」
「はい、ありがとうございます」
「あ、そう」
「すみません」
「いやいや、無理には勧めないってのがさ、俺の信条だから。うん。いいんだよ、飲みたいやつだけ飲めばな、うん」
「すみません」
「お兄さん、女とかいんの」
「え?」
「恋人だよ、恋人」
「あ、いないです」
「いないの? だめだよー若いんだから恋しなきゃ」
「はあ」
「若い時なんてあっという間だよ? おじさんになったらな、誰も相手してくれねえんだから」
「はい」
「出会いなんてそこら中にあるだろ? ほら、スマホでお前ら、簡単に出会える、みたいなやつやってるじゃねえか」
「マッチングアプリですかね?」
「そうそう、それだよ。そういうの、昔はなかったんだぞ? 昔より簡単に会えるんだから、ガンガンいけって」
「はあ」
「はあ、ってお前。全然わかってねえじゃねえか。俺はな、お兄さんのこと、心配して言ってんだぞ?」
「はい」
「なんだよ。女とか興味ねえのか?」
「あー、今は、ほかが楽しいですし、いいかなあって」
「はあ? バカお前、女遊びより楽しいことなんて、そんなにねえだろうよ」
「そうですか?」
「本気で言ってんのかあ? 若者の恋愛離れってやつ、そのまんまじゃねえか」
「ああ、よく言われます」
「だろー?」
「はあ」
「はあ、じゃねえって。男なんだから、女と遊んでナンボなんだよ。な? いいから遊んでおけって」
「はあ」
「全然ピンときてねえじゃねえか」
「いやー、僕は、ですけど」
「なんだよ」
「一人でいるときにも、楽しく過ごせる人の方が、魅力的だと思いますけどねえ」
「バカお前そんなの、寂しいに決まってるじゃねえか」
「寂しいですか?」
「決まってんだろ、そんなの」
「本人がそれで寂しくないのなら、アリだと思いますけど」
「ええ?」
「寂しさを埋めるために恋人がいる、みたいな発想も、恋人になる人が
「はー、お兄さん、頭固いっていうか、なんというか」
「すみません」
「いやいや、謝らなくていいんだけどな」
「はい」
「まあ、そうな。恋愛はいいぞって、いつかわかればいいから」
「はあ」
「はあってお前。お兄さん、俺はね、あんたが寂しいんじゃないかって思って、声かけたんだよ」
「はあ」
「わかる、それ?」
「いや、あのー」
「そもそもお兄さん、九十九里だっけ。海まで何しに行くのよ。俺はてっきり、失恋でもしたんじゃねえかって思ってたのに」
「いや、だから」
「おう」
「家に、帰るところで」
「は?」
「自宅が、そっちなんです」
「え、家がそっちなの?」
「はい」
「普通に、東京から帰るだけってこと?」
「はい。買い物帰りです」
「じゃあ、旅とかじゃないってこと?」
「そうです」
「なんだよ言ってくれよォ! 旅してるのかと思って、声かけちゃったじゃん!」
「いや、すみません」
「一人旅は寂しいだろうなあって思って声かけたのによお、そしたらお前、ただ家に帰るだけって。俺、迷惑なおじさんじゃねえか」
「いやいや、そんな」
「あー、なんだよもう。申し訳ないねえ」
「いえ、なんか、こっちこそすみません」
「お
「あ、いらないです」
「そっか」
「はい、すみません」
カツセマサヒコ
『明け方の若者たち』での衝撃的なデビューから、2作目『夜行秘密』と人気作を生み出す小説家。ぐさりと刺さる人間模様やリアルな感情の描写に若者から熱い支持を集めている。執筆のほか、ラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM・毎週土曜26時~)など、多方面で活躍中。インスタグラム(@katsuse_m)で最新情報をチェック。
※この会話はフィクションです。
撮影/伊達直人
▲ WPの本文 ▲