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学生時代に入った探検部で、ひとつの目標に向かって自分の肉体の限界まで頑張ることの面白さを知った。デビュー作『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』は開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞し、その後も『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』や『極夜行』など、自らの探検の軌跡を記した作品を発表し、多くの賞を受賞している。最新作は『裸の大地 第一部 狩りと漂泊』。従来の探検や冒険とは違う、新しい旅へと向かうこの人にインタビュー。
角幡唯介さん
WRITER, EXPLORER / YUSUKE KAKUHATA
1976年、北海道生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社に入社し、2008年に退社。10年『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』で第8回開高健ノンフィクション賞、11年同作品で第42回大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』で第35回講談社ノンフィクション賞。18年『極夜行』で第1回Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞、第45回大佛次郎賞。ほか受賞歴多数。
グリーンランドからカナダへ犬ぞりで渡る
――角幡さんは毎年グリーンランド北部で2か月近くの長期狩猟漂泊の旅を続けています。つい先日、今年の旅を終えて帰国したばかりですが、今回はどんな感じでしたか?
グリーンランドから犬ぞりで国境を越えてカナダのエルズミア島に渡ってみたいとずっと思っているんですが、去年、一昨年はコロナの影響でカナダ側から来るなと言われて、今年は行けると思っていたら海峡に氷が張らなくてダメだったんです。ただ、僕としてはすごく収穫があったというか、狩りの技術もそうですけど、どういう場所にどういう獲物がいるのかとか、土地に関する知識を深めることができたのはすごく大きくて。というのも、最終的な僕の目標は、かつてのイヌイットの人たちのように、土地と深く関わって生きることなんですね。
――「深く関わる」というのはどういうことですか?
今はほとんどする人がいなくなりましたけど、昔のイヌイットは狩りをしながら長期の旅をしていました。どこで獲物が捕れるかとか、そういった土地の特徴を細かく知っていたから、食料のことを心配せずにどんどん先に進んでいけたんです。一方で、近代的な冒険をやる人は必ず事前に行きと帰りの分の食料をすべて用意して出発します。そのほうが確実だからなのですが、逆に言うとあらかじめ行ける場所が決まってしまうということでもあるわけです。ここに僕は決定的な差があると思っていて、僕自身は昔のイヌイットの人たちのような長期漂泊の旅がしたいんです。旅を通じてその土地の生きた知識を増やしていって、自由に移動できる地を広げていきたいんですね。今年の旅を経験したことで次は食料をちゃんと準備しなくても、獲物を捕りながら行ける自信はつきました。自分の中で行ける根拠ができたというか、もう怖くないなという感覚ができたので、あとは海峡が結氷さえすればカナダに行って帰ってこられると思っています。
セイウチに追いかけ回されたのが今までで一番怖かった
――そもそも角幡さんが探検に興味を持ったきっかけは何だったんですか?
大学で探検部に入ったのが直接的なきっかけなんですけど、他人と違うことをやりたいというのは小さいときから思っていて。一度きりの人生ですから、死ぬときに後悔したくないなというのはあったんですよね。でも、具体的に何がしたいのかはわからなかったので、大学に入ってから漠然と過ごしていたんですけど、探検部というのがあるのを知って、これなのかなと思って入部したんです。
――探検部ではどんな活動をしていたのですか?
未知の生物を探すとか、川口浩探検隊みたいなことをやりたいなと何となく思っていたんですけど、最初に参加した活動が無人島サバイバル合宿みたいなやつで、それがまったく何の結果にもならなくて、ただ腹減って帰ってきただけだったんですよ。その後、夏休みにミャンマーに行ったりもしましたけど、それも全然何の成果にも結びつかなくて。何か自分の身になるようなことをやったほうがいいなと思って、それで山登りをやる先輩に誘われて山に行き始めたんです。
――それまで山登りとかはやっていなかったんですね。
山登りは興味がなかったんです。それは山岳部とかの活動であって、探検部じゃないと思っていたので。ただ、やってみると山登りは体力がつくし、経験が直接自分の実力になっていくのでどんどん楽しくなっていって、冬山に行き始めて1年目に厳冬期の北海道の十勝岳とか大雪山をスキーで歩いていくという遠征に参加したことで決定的にのめり込んでいきました。すごく楽しかったし、充実感があったんです。何かひとつの目標に向かって、自分の肉体の限界まで頑張るということが単純明快に心地よかったんですよね。結局、そういう路線の活動を今に至るまでずっとやってきたのかなと。
――太陽が昇らない冬の北極圏をGPSなしで80日間にわたって探検したり(詳しくは『極夜行』で)とか、角幡さんの旅は過酷だし、すぐそばに死があるような状況です。怖いという感覚はないのですか?
怖いですよ。例えば太陽が昇らない暗闇の世界はすごくストレスですし、真冬の北極はマイナス40℃ぐらいが続いてやたらに寒くて、そういう意味での肉体的・精神的な消耗による死の近さというのは常に感じています。今やっている北極の旅は平面的な移動なので、登山のような墜落の恐怖はないですけど、とにかくスケールが大きくて人間の世界からすごく離れたところに行きますから、「これ以上行っちゃって大丈夫なのかな」という怖さはありますね。あと、犬ぞりをやっているので、犬ぞりの場合は犬に暴走されるとヤバイです。犬が暴走して置いていかれるというのが一番リスキーなので、それが起きないようにしなきゃという緊張感はすごくあったんですけど、最近ちょっと緩くなってきて、今年は2回ぐらい暴走されました。
――えっ、犬が暴走するんですか!?
犬はシロクマを見ると興奮して追いかけちゃうんですよ。一斉に走りだして置いていかれそうになる。いくら「止まれ!」と叫んでも、興奮しているからこっちの言うことはまったく聞こえなくなるんですよ。実際に置いていかれちゃって、20分ぐらい必死に走って追いかけたこともありました。そのときはたまたま一頭が「あれ?」と気づいたみたいで、そうしたら他の犬も冷静になって、「ああ、何だ、だんなが乗ってねぇじゃねぇか」みたいな感じで止まってくれたから助かりました。犬に置いていかれたら本当に死にますからね。村の近くでも一度暴走されて、必死にそりにしがみついて、それこそ昔の西部劇みたいな感じで200mぐらい引きずり回されて肩を痛めました。今もまだ痛いです。
――では、もう二度と味わいたくない出来事って何ですか?
カヤックに乗っていて、セイウチに追いかけ回されるというのが今までで一番怖かったです。向こうは自由に動けるけど、こっちは自由がきかないですから。デッキの上にライフルとか載せていても、それを取り出すことすらできないわけですよ。あれは本当に怖かった。
土地の持っている力をうまく使えるようになりたい
――角幡さんは現在40代ですが、振り返って若いときにしかできないことってあるなと思いますか?
当然ありますよね。無知じゃなきゃできないこととか間違いなくあると思います。最近ちょっと思うのは、肉体的な強さとか精神的な強さと旅のスケールは割と比例関係にあるのかなって。さっき、遠くに行くことの怖さがある、みたいな話をしましたけど、何年か前まではそんなこと考えたことなかったんですよ。やっぱり年をとって体力が落ちてくると自分が許容できる外の世界が狭くなってくるんですよね。経験によって広がる想像力はあるけど、現実的にこの先に行けるのかということを考えると怖くなる。若いときはそういうのがないから、どこまでも行けちゃうわけですよ。
――最新の著書『裸の大地 第一部 狩りと漂泊』では、人生の行路が大きく変わったと記していましたが、今後はどういう旅を考えているのですか?
最初にもちょっと話したように、土地との関係性を深めていくような旅がしたいと思っています。その土地のありとあらゆることに詳しくなって、いつどこに行けば確実に食料が手に入るとか、この時期はこの場所を通ればそりで走りやすいとか、そういった土地の持っている力を自分がうまく使えるようになりたいですね。自分の能力と土地の力をハイブリッドした旅というか、昔のイヌイットの人たちがやっていたように、何も持たず、すごく遠くまで行くことができるような旅をしたいです。そういうナチュラルなスタイルで自由に活動できる場所を広げたいというのはありますね。
「今までの探検とか冒険とは違う、
まったく別の方向性のものを提示したい」
――本の中にも書かれていますけど、従来の探検とか冒険とはまったく違う方法ですよね。
そうですね。今までの探検とか冒険とは違う新しいものですし、まったく別の方向性のものを提示したいなというのは思っています。極夜の旅のときもそうだったんですけど、どこか目標地点を決めて、そこに向かってまっすぐ直線的に進んでいくのが近代の探検とか冒険のスタイルだとして、もう未知の場所なんかないですし、その路線でやっていくと競争するしかないんですよね。スピードだとか、無補給だとか、年齢だとか、そういう競争をするしか方向性がなくなってしまう。それに対してのアンチテーゼというか、かつてのイヌイットの旅はとても豊かで深いものがあるんじゃないかというところを僕は実践していきたいですし、作品としても書いていきたいなと思っています。
『裸の大地 第一部 狩りと漂泊』
角幡唯介[著]
¥1,980/集英社
GPSのない暗黒世界の探検を記した『極夜行』で、日本のノンフィクション界に衝撃を与えた著者の新たなる挑戦。「この旅で、私は本当に変わってしまった」。未来予期のない世界を通じ、人間性の始原に迫る新シリーズの第1作。
Photos:Yusuke Kakuhata Composition & Text:Masayuki Sawada
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