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「はい、乾杯~」
「うい~」
「ようこそ、東京へ」
「いや、偉そうに。お前の街じゃねーだろ」
「あはは、確かに」
「でも、早かったなあ」
「ね。『それぞれ頑張るぞ!』とか言ってたのに、わずか1年で再会っていうね」
「いや、お前いなかったら相当、心細かったよ? まだ働いて1年なのに、俺だけ東京転勤とか言われんだもん。こっちの人、誰も知らないし」
「え、大阪からこっちってさ、栄転とかよく言うじゃん。実際どうなの?」
「いやーわっかんない。単純に、人員補充じゃね? 実績なんて1年じゃ積みようがないし」
「まあ、そういうもんか」
「うんうん。だから、また1年目やるくらいの気持ちで、頑張るつもりよ」
「いいねいいね。そのくらいがいいよ」
「へへ」
「てか、結局どこに住んだの?」
「あ。えっとね、武蔵浦和」
「は? え、どこ?」
「武蔵浦和」
「え、待って、わかんない。それ東京?」
「いや、埼玉」
「東京じゃないじゃん! ウケる!」
「いや、東京も近いって。会社まで20分だし、新宿まで30分だよ?」
「いやー、とはいえじゃん。なんでそこ?」
「え、なんか不動産屋に相談したら、便利そうだったから」
「いやいや、俺にも相談したじゃんよー」
「やー、そこはプロの話を聞くって」
「ええー? だって、せっかく東京来たんでしょ? なのにそこに住むのは、もったいなくね?」
「いや、でも、新宿まで30分なら、近くない?」
「いやいやいや。それ、大阪視点だって。大阪と比べたら近いけど、もったいないって」
「ええー? そうかなあ」
「もっと都心近くがいいってー。終電過ぎても歩いて帰れるしー」
「そうかー、そんなもんかあ」
「だってさ、恵比寿とか中目黒とか下北とか、あるわけじゃん。楽しい街が」
「あるね?」
「そこに住んだらええやん! そのほうが絶対に楽しいやん!」
「いやなんで関西弁?」
「あ。てか。待って? お前、関西弁じゃなくなってね?」
「あ、え?」
「え、そうだよね? 前、関西弁だったよね?」
「いやいやいや、待って待って」
「いや、待たない待たない。え、なに、もしかしてもう、都民ヅラですか?」
「何だその言い方」
「いや、そうですよね? 東京に来たから、関西弁やめたんですよね?」
「いやいや、え? 待って。仮にね、仮にそうだとして、どうしてお前、そんな上からやねん」
「わはははは! いやいや、別にね、僕はいいんですよ。ただね、方言とかさ、生まれた街への敬意っていうの? そういうの、ないのかなーって」
「いや、そのプライド、いりますか?」
「だって、普通はもう少し残るだろ、イントネーションとか」
「あのね、向こうにいた頃からふつーに標準語使ってる時もあるからね?」
「じゃあ、マックは? もうすでにマックって言うの?」
「ああー、そこだけは、マクドだわ」
「あははは! そこは譲れないんだ?」
「いやー、マック恥ずかしい。言えない。マクドがいい」
「そもそも強要してないんですけどね」
「ギャハハハ、そっか、そうよね」
「えー、ウケんなあ。そっかあ。で? 武蔵浦和かー。え、何があんの?」
「いや、マジで普通に、便利だからね? 街がデカいのよ。基本的なもの、なんでも揃ってるから」
「え、スタバは?」
「ある」
「あんの! じゃあデカいね」
「え、基準そこ?」
「いや大事でしょ、スタバ」
「そんなもんか」
「え、駅から近いの?」
「8分くらい」
「あー、また微妙な」
「ね、ちょっとあるなあ、とは思ったけど、でもまあ許容範囲でしょ。新築だし」
「何畳?」
「10畳」
「え、広! すごいな」
「でも、関西いたらもっと安いよ。今8万だけど、もっと全然安い」
「そりゃあまあ、地方よりはなあ」
「え、どこ住んでるんだっけ?」
「え、吉祥寺」
「うわ! そっか吉祥寺か! 都会人~!」
「いや、だから、言ったじゃん。そういう街に住んだ方が、東京を味わえるんだって」
「くぅ~! マウント半端ね~!」
「わはははは!」
「いや、でも吉祥寺はな~。ラスボスでしょ、もはや」
「なんだよ、ラスボスって」
「だって、住みたい街一位とかでしょ? そこに住んじゃったら、もう他に引っ越しても、楽しめなさそうじゃん」
「あははは、いや、実際そーこまで魅力的かって言われると、わかんないけどね?」
「え、住んで長いの?」
「今、4年かな」
「長いなー。やっぱいいんだ」
「まあ、抜けられないよねー。うまい店多いし、飲んだら歩いて帰れるってのもねえ」
「吉祥寺から徒歩か~、勝ち組だな~」
「まあちょっと距離あるから、バスとか使う時もあるけどね」
「え、歩いてどのくらい?」
「25分」
「はあ!? 待って? 25?」
「うん」
「いやいやいや、遠っ!」
「あ、さすがに急ぎだったら自転車とかバス使ってるけどね?」
「いやいや、でも、25分はきついでしょ。それ徒歩圏って言わないでしょ、さすがに」
「それでも吉祥寺はいいんだって、ほんと」
「ええ? だって、都内で徒歩25分超えはさ、それもう、違う駅じゃない?」
「いや、吉祥寺だって」
「じゃあ他に最寄り駅ないの?」
「ある」
「あんのかよ!」
「武蔵関」
「どこそれ。何線?」
「西武新宿線」
「そこは? 徒歩何分?」
「8分」
「それもう、最寄り武蔵関じゃん!」
「いや、吉祥寺も、歩いて行けるから」
「いやいやいや、徒歩25分と8分なら、明らかに武蔵関がメインでしょ」
「不動産屋も、吉祥寺って言ってたから」
「それは
「もうやめろ、うるさいな!」
「ギャハハハ! いやー、これは恥ずかしいですよ。あれだけ都会人マウントを取っていた人が、実は吉祥寺住みではなかった、というわけですからね」
「いや、嘘ではないです。吉祥寺です」
「でも、最寄りは?」
「武蔵関」
「ギャハハ! え、さっきあなた、私に『東京ならちゃんと都心に住め』って言いましたよね?」
「いや、吉祥寺徒歩は、都心だから」
「それは徒歩圏って言わねえんだって。えー、ちょっと、どこにあんの? 武蔵関」
「いやいや、わざわざ調べなくていいから」
「いや、ほんと土地勘ないからさ。え? あー、吉祥寺から、上の方いくんだ。なるほどね? てか、うちの方角じゃん」
「いや、マジで見ないでいいから」
「え、待って。武蔵関、吉祥寺駅から徒歩だと40分って出るんですけど?」
「いや、だから」
「は? 詐欺じゃん」
「詐欺じゃない!」
「え、嘘なんですか?」
「聞いて! ね? まず、聞いて!」
「はいはい、なんでも聞きますよ、はい」
「うちの家は、頑張れば25分なの」
「それは悪い不動産屋のセリフじゃん。普通に駅まで行ったら、40分なんでしょ?」
「違うって。うちは武蔵関でも吉祥寺寄りにあるから、25分くらいなの!」
「はい、いま『武蔵関でも』って言ったよね」
「ウッセー!」
「ギャハハハハ! 俺が武蔵浦和から新宿まで30分だよ? そっちが歩いてる間に、新宿から帰れちゃうじゃん」
「やめろやめろ! もうこの話終わり!」
「ギャハハハハ!」
「なんでこんなディスり合わなきゃいけねえのよ」
「いやこっちのセリフね。ほんとウケる」
「でも、せっかく東京来たんだから、飲みとか気軽に行こうね」
「もちろんもちろん! 楽しみにしてるー!」
カツセマサヒコ
『明け方の若者たち』での衝撃的なデビューから、2作目『夜行秘密』と人気作を生み出す小説家。ぐさりと刺さる人間模様やリアルな感情の描写に若者から熱い支持を集めている。執筆のほか、ラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM・毎週土曜26時~)など、多方面で活躍中。リアルな近況や新作情報はインスタグラム@katsuse_mでチェックしよう!
※この会話はフィクションです。
撮影/伊達直人
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