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今日もどこかで、だれかが喋ってる。小説家カツセマサヒコさんの1話完結、オール会話劇!<メンズノンノ2022年6月号掲載>
「ませー」
「ませー」
「……山田さんってさー」
「はい」
「いらっしゃいませのこと、『ませー』って言ってるよね」
「え?」
「いや、いらっしゃいの部分、全然聞こえなくて、『ませー』だけ言ってんなあって思って」
「ああー……」
「いや、いいのよ全然。自然に聞こえてるから。ただ、ちょっとおもろいなーって」
「いや、あの」
「うん」
「僕、木下さんの真似してるんですけど」
「え?」
「木下さんが、『ませー』って言ってるから、あ、なんか、それっぽいなーって思って、『ませー』って言うようにしていて」
「え、俺の真似なの?」
「はい」
「まじ? 俺、『ませー』って言ってる?」
「はい。言ってます」
「本当に? 結構、いらっしゃいませーって言ってるつもりなんだけど」
「え、本当ですか?」
「うん、本当」
「たぶん、聞こえてないです」
「ええ? まじかよー」
「うん。ずっと『ませー』って言ってるのかと思ってました」
「いやいやいやいや、えー? 『ませー』はないっしょー」
「それは……あ、こちらのレジどうぞー! ありがとうございます。お弁当、温めますか? はーい。袋は、お使いになりますか? はーい。アメリカンドッグ。アメリカンドッグひとつお願いしまーす」
「はーい」
「はい、ではお会計が、743円になります。あ、Suicaで。はい、ではこちらにタッチお願いします。はい。ありがとうございます。レシートは? あ、はい、ありがとうございます。お弁当、横にずれてお待ちくださーい」
「……」
「お弁当温めのお客様、お待たせしましたー! はいこちら、お熱いですのでお気をつけてお持ちください。はい。またお越しくださいませー」
「ませー」
「……」
「……」
「ほら」
「うん?」
「『ませー』って言いましたよ、今」
「ええ? 嘘だー」
「本当。『またお越しくださいませー』のとき」
「いやいや、ちゃんと『またお越しくださいませ』って言ったってー」
「言ってない、絶対言ってないっす」
「まじでー? 俺もう、これで4年くらいやってんだけど」
「あははははは。いや、逆に4年やってて、自然とそうなったっぽいすよね」
「そういうことー? いやー、軽くショックだわー」
「いやいや、全然、いいっすよ。それこそ、こなれてるっていうか、だから僕も真似しようと思ったんで」
「そっかー。なんか恥ずかしいなあ」
「てか、木下さん、4年もやってるんすね、ここ」
「そうそうー。ラクだからねえ、こんな格好でも許されるし。ダラダラと続けちゃったよねえ」
「え、てか、木下さん、年齢いくつですか?」
「29」
「え! 見えな! 僕と同世代かと思ってました」
「あー童顔だからね、よく言われるー」
「えーまじか、9個上ですか」
「ほんと、こんなおじさんになっちゃダメよー」
「おじさんじゃないですよ、29歳」
「いやおじさんだってー。オールとか、もうしんどいからねー」
「まじっすかー」
「え、山田さんは、学生だっけ?」
「あ、専門っす」
「いいなー。なんの専門?」
「美容関係っす」
「おおー、美容師的な?」
「一応、そうっす」
「なによ、一応って」
「いや、なんか、やっぱ美容師向いてないのかなーって思ってて」
「え、そうなの? なんでー?」
「美容師って、新人にはブラックなところ多いらしいんですよ。給料激安で、遊びに行きたくても時間もお金もない〜みたいな」
「あー、そうなんだ?」
「いや、もちろん、改善されてるお店も増えてきてるんすけどね? でもなんか、ちょっと俺は違うかなー、みたいな」
「まあ、そういうのあるよねー」
「え、木下さんは、なんかやってたんすか?」
「あー。バンド?」
「え、木下さん、バンドマンだったんすか!」
「いや、見るからにそうっしょ、ほら」
「いや、たしかに髪は傷みきってるのに緑だし、でっかいピアスあいてるし、ヤニ吸いまくってるし、バイト中でもジャラジャラしたアクセサリーとかつけてるし、めっちゃ体細いし、パンクだなーって思ってましたけど」
「全部言ったね、今」
「えーバンドってどういうやつっすか」
「ジャズ」
「ジャズ!? その格好で!?」
「いやー見た目で判断しちゃダメっしょー」
「いやいやさすがにかけ離れてて! パートは?」
「ベース」
「ベース! イメージ違いすぎるんですけど」
「ウッドベースとか普通に弾くからね、この格好で」
「まじっすか! ウケる! いや面白すぎますよ、それ」
「ここのオーナーいるじゃん」
「店長ですか?」
「いや、店長じゃなくて、オーナー」
「え、オーナーって、店長と違うんですか?」
「違う違う。店長は雇われてるだけ」
「え! そうなんですか! オーナー見たことないです」
「まじで? ああ、でも、あの人、最近あんまり店に来ないかもなあ」
「へえー。それで、そのオーナーがどうしたんすか?」
「あー。そのオーナーが、ジャズ好きでさ」
「おお!」
「で、バーで俺が演奏してたら、声かけてくれたのね」
「めっちゃかっこいいじゃないすか!」
「そうそう。それで、よかったよ〜って褒めてくれてさ。金ないんすよって言ったら、その場で酒奢ってくれて、バイトしないかって紹介してくれたのよ」
「え、それが、この店ですか?」
「そうそうー」
「えーなんか、ゼフとサンジみたいじゃないすか」
「何それ」
「え、木下さん、ワンピ読んでないんすか」
「あー『ワンピース』かあ。俺マンガ読まないのよ」
「えーそうなんすね。いや、オーナーとシェフがいるんすけど、まだ小さかった頃のシェフを、オーナーが拾ってあげるんすよ」
「あー、なるほどねー。いやー、そんな感動的でもないよ?」
「えーそうっすか?」
「だって、ジャズバーに来ているオーナーって言われたらさあ、なんか大企業とかイメージしちゃうじゃん」
「確かに確かに! それがコンビニっすもんね。ウケる」
「ほんとだよー。まさかのコンビニかよーって。でも、まあ、そういうのもあるから、こんな格好でも店長も文句言えないんだろうねー」
「そっかー。いやー、人に歴史ありっすねー」
「そうねー」
「あ、ませー」
「ませー。あ、お疲れ様です」
「お疲れー。あ、この子、新人?」
「あ、そうっす。山田さんです」
「あ、山田です」
「どうも。オーナーの石川です」
「え! オーナー!?」
「あ、でた、偏見。今、オーナーって男じゃないの?って思ったでしょ」
「いや、そんな」
「30歳の女がオーナーじゃ悪い?」
「いやいやいや! ただ、びっくりして。すみません、全然予想と違いました」
「あはははは。素直だわ。よく言われるー。バイト頑張ってねー」
「あ、はい、ありがとうございます!」
「……あれが、オーナー」
「いや、話違うじゃないっすか。あんな美人さんだなんて、聞いてないっすよ!」
「言ってないからね。いい人よ、とても」
「いやー、ビビりました、なんなんすか、このコンビニ」
「別に? ふつうじゃない?」
「いやふつうじゃないっすよ、全然。おもろすぎっすよ」
「あはは、面白いならよかった」
「あー、すごい。なんか、最高っすね、この店」
カツセマサヒコ
映画化でも話題となった『明け方の若者たち』での衝撃的なデビューから、2作目『夜行秘密』と人気作を生み出す小説家。ぐさりと刺さる人間模様やリアルな感情の描写に若者から熱い支持を集めている。執筆のほか、2年目となるラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM、毎週土曜26時~)など、多方面で活躍中。新作や告知はインスタグラム@katsuse_m、またはツイッター@katsuse_mをチェック。
※この会話はフィクションです。
撮影/伊達直人
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