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今日もどこかで、だれかが喋ってる。小説家カツセマサヒコさんの1話完結、オール会話劇!<メンズノンノ2022年5月号掲載>
「ねえ、もう怒るのやめてくんない?」
「いや、怒ってないから」
「怒ってるでしょ、どう見ても」
「怒ってません」
「じゃあなんでずっと黙ってんの?」
「いや? 別に? 黙ってなくね?」
「嘘。いつもより明らかに喋ってないから」
「そう? 普通でしょ」
「普通じゃないでしょ、どう見ても」
「だとしたら、お前に反省してる様子が見られないからじゃない?」
「だから、何度も謝ったじゃん」
「その言い方がもう反省してないって言ってんの。逆ギレしてんじゃん、さっきから」
「してない」
「してるよ」
「してないって」
「なんなの? どうしてお前が不機嫌になるわけ? その権利なくない? そっち、加害者じゃん」
「あのさ、加害者って言い方なくない? 私が悪かったし、だからこそ、こっちはすぐに謝ったの。それなのに勝手に不機嫌でい続けられたらさ、もはや、嫌な思いをしてるのはこっちなんだけど」
「はい? 自分が悪いって思ってるやつのセリフ? それ」
「だから、反省してるってさっきから言ってるじゃん」
「言っただけで、全然態度に出てねーのよ」
「態度ってなに? めそめそ泣けばいいの? カフェで彼女に泣かれたら、嬉しい?」
「そんなこと言ってないっしょ」
「じゃあどうすればいいの? 謝った。もうしないって言った。それじゃダメなの?」
「ねえ、なんで俺がこんなに怒ってるのか、わかってる? わかってないでしょ? だから許せないわけ。あんなの大したことじゃない、そんなことでいちいち怒るなんてずいぶん器の小さな男だ、ケチなやつだなって、そんなふうに思われてる気がしてならないわけ。それがすっげームカつくの。わかる?」
「だから、謝ったじゃんって」
「それは何に対して謝ったわけ? ただなんとなくじゃなくて?」
「違うって」
「じゃあ、何に謝ったの?」
「だから、宅配の荷物を受け取る時に、あなたのスニーカーを踏んづけて足場にしてドアを開けていることを、申し訳なかったって言ってんの」
「はい」
「間違ってる? 私」
「合ってるよ。その事実はわかってんのに、どうしてそんな不満げな態度なわけ? 心の底では悪いなんて1ミリも思ってないからでしょ?」
「悪かったと思ってるから謝ったし、今度から踏みません、気をつけますって百回は言ってんじゃん。それじゃどうしてダメなの? 何を求めてるわけ?」
「あのさ、俺がどれだけスニーカーを大事にしているか、普段から見てるわけじゃん。なのに、それを平気な顔して踏むわけでしょ? 何もわかってないじゃん。伝わってないし。そこがすげー嫌だ。こっちが大事にしてるものをないがしろにされることが許せないわけ」
「そんな大事なものだったら玄関に出しっぱなしにしなければいいじゃん。ただでさえクツが大きいのに、2足も3足も出しっぱなしにしておくから、足の踏み場もないわけでしょ?」
「ほら、やっぱり悪いと思ってなかった」
「いや、なんでそうなるの? 悪いとは思ってるよ? ただそれを言ったらさ、そっちだって私が旅行行ってる間、部屋の観葉植物、全部枯らしたことあったよね? お願いして出かけたのに、全部キレーに忘れて、だらっだらゲームして、部屋汚すだけ汚して、草は枯らして。私そのとき、そんなふうに怒った? 私の大事なものをないがしろにされて、それで怒ってた?」
「いやいやいや、それは古すぎるでしょ。何年前の話してんの」
「2年だよ。でもあのときから、ずーっとクツは出しっぱなしでしょ?」
「部屋にしまう場所がないんだからしょーがねーじゃん。3足はよく履くやつだから置いてんの。それ、前にも説明したじゃん」
「それさ、そもそも私の家だってこと、わかって言ってる? 部屋に置き場がないのはあなたがうちに引っ越してきたからだし、2人で住むならもう少し広い部屋にしようって更新の時に言ったのに、家賃高くなるの嫌だってあなたが駄々こねたから同じ家に住んでるんだよね? こっちのせいにしないでくれる?」
「いやそっちのせいにしたわけじゃないって」
「いや私のせいにしてるって。元はそっちが悪いのに」
「あのー、すみません」
「え?」「え、あ、はい?」
「あ、ごめんなさい。今の、横でずっと聞いてたんですけど」
「え」「あ、ごめんなさい」
「ちょっとお2人、相性良くないんじゃないかと思って」
「は?」
「いや、そのままの意味ですけど、喧嘩の内容が、ちょっとしょうもなさすぎると言いますか」
「はい?」「え?」
「だから、そんなことで喧嘩するなら、どうせ長続きしないですし、いっそ別れた方が良くないですか? って、思いまして」
「え、あの、他人の関係に口出さないでもらえます?」
「うん、普通に失礼」
「あ、すみません、ごめんなさい。どうしても言いたくなっちゃって」
「いや、いいんで、そういうの」「ほんと。余計なお世話ですし、大丈夫なので。はい」
「でもほら、ほかにもいい人、いっぱい」
「いや、だから、いいんで。大丈夫なので」
「ああ、なんだか、すみません。はい。失礼しました。では、これで」
「はい」「はい」
「え、なに? 今の」
「え、ほんと、なに?」
「笑っちゃう」
「え、ほんと、なに?」
「だめだ、すごい、なに今のおじさん」
「ウケる。すごいわ」
「え、知り合いじゃないよね?」
「知らない知らない」
「すごい。東京、いろんな人いる」
「なんか、こっちが恥ずかしくなってきた」
「えー、もう、やめよ、喧嘩。しょーもない」
「そうな、なんか、どうでもいいな」
「うん」
「うん」
「あー、恥ずかし」
「おっさん、謎すぎる」
「やめて、笑っちゃう」
「すごいよな? こんなことある?」
「いや、ないない」
「おっさんが、喧嘩割って入ってきた」
「やめてってば」
「あー、すごい。おもろいな」
「ほんと。おじさんすごい」
「あー、恥ずかし。うちらも出ますか」
「うん。そうしよ、そうしよ」
「真っ直ぐ帰る?」
「あーどうしよっか」
「ちょっと寄っていっていい?」
「え、どこ行くの?」
「物件?」
「え? なんの?」
「いや、広めの部屋、探すのがいいかなって」
「今さら!?」
「いや、そもそも玄関が広ければいいんだなって」
「いやそれ、去年言ったじゃん更新の時に」
「だから、今さらだけど、変えてもいいかなあって」
「遅いよー散々言ったのにー」
「いやでも、今さらだけど、広くなったら嬉しいでしょ?」
「そりゃあね? でも家賃いいの?」
「まあちょっと、金額見てみて決めようよ」
「そっか、そうね」
「うん」
「えー引っ越しかー。お金あるかな。バイト頑張ろ」
「おう」
「えー、嬉しいな。なんか、同棲って感じするね」
「え、逆に、今まで何だったの?」
「いや、ヒモ?」
「いやいやいや。別に養ってもらってたわけじゃないじゃん」
「でも、光熱費こっち持ちだったじゃん」
「いや、家賃は半分にしてたでしょ」
「同棲したら普通は全部、半分だよ」
「えーそうなの?」
「当たり前じゃん! 今度からそうするよ」
「ええー」
「ええーじゃないし。あとは、あれかー、挨拶か」
「挨拶? どこに?」
「親でしょ」
「親!?」
「さすがに2人の名義ってなったら、一度くらい会わなきゃでしょ」
「いやいやいや、え? マジで言ってんの?」
「ええ? なに、嫌なの?」
「いや、嫌、じゃないけど」
「何?」
「やっぱやめようかな」
「はあ!?」
カツセマサヒコ
『明け方の若者たち』での衝撃的なデビューから、2作目『夜行秘密』と人気作を生み出す小説家。ぐさりと刺さる人間模様やリアルな感情の描写に若者から熱い支持を集めている。執筆のほか、ラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM、毎週土曜26時~)など、多方面で活躍中。インスタグラムは@katsuse_m。ファンとの抱腹絶倒なやりとりが人気の公式LINE(@katsuse_m)もぜひ登録を!
※この会話はフィクションです。
撮影/伊達直人
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