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今日もどこかで、だれかが喋ってる。小説家カツセマサヒコさんの1話完結、オール会話劇!<メンズノンノ2022年4月号掲載>
「あ。ヌー、歌っていい?」
「え、ヌーって、キング・ヌー?」
「ほかにヌーいる?」
「わかんない。ノーマル・ヌー」
「それただのヌーじゃん」
「歌えんの?」
「キング・ヌー?」
「うん」
「わかんない。『白日』とか」
「マジ!? 出ないでしょ、キー」
「いや、だから、ちょっと練習で」
「無理でしょ、井口さんの高さ出ないでしょ」
「だから練習って言ってんじゃん。裏声がんばる」
「いやー裏声でも高いっしょ。あれ一般人が出たらすげーべ」
「えー? 風呂場ではイケる気がしたんだけどなあ」
「いや風呂場カラオケはアテにならんよ」
「そうかあ? だめかあ、風呂場カラオケ」
「え、あ、じゃあさ、オレ、常田さんやっていい?」
「いやお前に常田は無理だよ」
「いやなんでよ。井口さんよりはいけるでしょ」
「いや、常田のとこ、結構むずいよ実は」
「いやわかるよ、でも本家が二人で歌ってんだから、こっちも二人で歌おうって言ってんのよ」
「いや、うん。でもちょっと、一人で歌わせて?」
「はあ? なんでそんなひとり・ヌーに固執すんの?」
「いや、ソロ・ヌーやっておきたいのよ、ここは」
「ソロ・ヌーかよ~。二人でカラオケ来た意味なによ?」
「わかる。わかるんだけど、ヌーだけはちょっとソロで。あ、わかった。これ一曲やってみて、全然ダメそうだったら二人で歌うから。ゆず。ゆず歌おう」
「いやそこはヌー歌わせてよ」
「ヌーねえ」
「ねえ、なに? ヌーを一人で歌わなきゃ死ぬ病なの?」
「いや、ちょっと、うん」
「え、本当に? めっちゃおもろい。どゆこと?」
「いや、待って、ハズい」
「なに、聞きたい。彼女とか?」
「いや、彼女ではないのよ」
「でも、女だ?」
「うん、まあ、そう」
「え、もしかして、キング・ヌーファンの女の子を好きになりました、って話?」
「まあ、近い」
「マジかよ~、それめっちゃ笑う」
「いや、その子が、カラオケ好きって言うんよ」
「まぁいるよね、そういう子ね」
「しかも向こうは、あいみょんとか自信あるらしいんよ」
「お前めっちゃ好きじゃん!」
「そうなのよ、好きなのよ!」
「はー、マジか~。それで? 君はロックなんか聴かないんじゃないの?」
「いやゴリゴリ聴いてるよね俺はね」
「聴いてるよなあ~」
「それで、向こうはキング・ヌー好きなんだって」
「ほお! ほお! なるほどね!? それで?」
「今度カラオケ行こ~って、盛り上がるやん」
「そうな、そうな」
「ヌー、歌えた方がいいじゃん」
「クゥーーーーー!」
「痛ぇよ、なんだよ
「お前最高だな~本当な~」
「いやハッズいわ、やめろ」
「いや、いいよ。そしたらソロ・ヌーやっておいた方がいいわ、絶対」
「やっぱそうだよね? そうだよね?」
「だって二人でカラオケ行ってお前が井口さん歌ったら、その子が常田さんになっちゃうもん」
「だよね、だよね」
「え、ちなみにどこの子?」
「あ、その子? 地元」
「あ、地元なんだ?」
「うん。この前、久々に実家帰ったじゃん俺。そこで、まあ、プチ同窓会っての? 飲むじゃん」
「おうおう」
「そこに、いた子」
「へー、じゃあ昔から知ってたんだ」
「でも当時は全然仲良くなくて。成人式もいなかったから久々だったんだけど、めちゃ
「マジ!? いいな~、そういうの本当にあるんだ」
「うん。それで、東京戻ってくる日が一緒だったから、新幹線の席、隣にして」
「クゥーーーーー!」
「っテェな叩くなっつの」
「それで? それで?」
「まあ、新幹線でも、ずーっと話してて」
「どんな話すんの?」
「細かいわ。そこは大した話してないよ」
「そういうところが気になるじゃん! 細部! 神は細部に宿ってっから!」
「なんなのお前」
「いいから」
「いや、普通よ。これまで何してたのー、とか、恋人いんのー、とか」
「クゥーーーーー!」
「痛い痛い痛い! もうそれやめろお前」
「それで? それで?」
「東京駅着いて」
「うん」
「そのままサシで飲んだ」
「ヒューーーーーー!」
「そこは乾杯なんだ? 何これ」
「いやすごいね、ビビッと、気が合ったんだ?」
「うん。びっくりした」
「で、カラオケは? どう
「いや、それで、終電近くまで飲んでて」
「おお、おお」
「店出たら、隣がビッグエコーだったわけ」
「おお! おお!」
「うわ、行きたい! ってその子が言って」
「うわー絶対にノリいいじゃん、好き」
「でしょ? それで、でも終電過ぎちゃうねーってなって」
「うん、うん」
「じゃあ、今度はこの続きからにしよう! ってなって、解散したわけ」
「おおー、そういう展開ね? 健全だ」
「うんうん。それで、ちなみに何歌うのー? ってなるやん」
「なるね?」
「そしたら、あいみょんって言うわけよ」
「もう好きじゃん」
「そうなのよ、好きなのよ」
「君はロックなんか聴いちゃうじゃん」
「お前そればっかりじゃねえか」
「それで? それで?」
「で、男性アーティスト誰好き? って聞いたわけよ」
「出た。そこで、ヌーだ」
「そうなのよ。そこでヌーが来たのよ」
「いやー、ハードル高いねー」
「でしょ? とても高い」
「それでヌーの練習しようとしたわけだ。 『逆夢』キメちゃうわけだ? 『失礼だな、純愛だよ』なわけだ?」
「なんなの?」
「呪術の映画、見てないの?」
「いや見たけどよ」
「じゃあわかるでしょうよ。乙骨くんクソかっこよかった」
「わかったからもう」
「え、ちなみにさ、脈ありそうなの? どんな男がタイプ、みたいな話なかったの?」
「あー、した」
「なになに」
「ヌーの常田みたいなのだって」
「ぜってー勝てねーじゃん!」
「ぜってー勝てない。ちょっとやばい」
「ちょっとっていうか男子全滅でしょ。勝てるのジョニー・デップくらいじゃん」
「いや、そうなのよね」
「言っとくけどお前、常田さん要素一個もないぞ。井口さん要素の方がまだあるぞ」
「言われなくてもわかるわそんなん」
「はー、それは急に、見込み怪しくなってきたなあ」
「やっぱり?」
「だって常田さんでしょ? なんかこう、危険な香りがしなきゃだめじゃん」
「そうそうそう! そうなの。たぶん常田の顔って意味じゃなくて、あの雰囲気ってことなのよ」
「お前、マジで安全な香りしかしないから」
「それ、悪口だからねもはや」
「あんな雰囲気出せないから普通」
「だよなあ」
「え、逆にさ、お前がキング・ヌー歌っても微妙なんじゃね?」
「なんで?」
「だって、安全でしかない見た目のやつが、いきなり『この時代に飛び乗ってー! 今夜この街を飛び立ってー!』とか歌い出したら、ビビるでしょ普通」
「マジ? そこは良くない?」
「いやなんか、悪いギャップあるかも」
「マジー? いや、でも、一曲くらい歌いたくない?」
「あー、まあ、そうかあ、そうなあ」
「だから、とりあえずソロ・ヌーいくべ」
「おっけ、じゃあ、ちょっと彼女になったつもりで聴いとくわ」
JASRAC 出 2200971-201
カツセマサヒコ
『明け方の若者たち』での衝撃的なデビューから、2作目『夜行秘密』と人気作を生み出す小説家。ぐさりと刺さる人間模様からポップで軽快な会話劇をはじめ、リアルな感情の描写に若者から熱い支持を集めている。寄稿するオムニバス小説集『恋が生まれたこの街で #東京デートストーリー』も発売中。執筆のほか、ラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM、毎週土曜26時~)など、多方面で活躍。インスタグラムは@katsuse_m。昨年末には映画『明け方の若者たち』も公開された。
※この会話はフィクションです。
撮影/伊達直人
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