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今日もどこかで、だれかが喋ってる。小説家カツセマサヒコさんの1話完結、オール会話劇!<メンズノンノ2022年1・2月合併号掲載>
「どうも」
「ふふ。なに、『どうも』って」
「え、なに? 変?」
「いや、『どうも』って、わざわざ挨拶で使わなくない?」
「え、そう? 使わない?」
「使わないでしょ! ふふ、『どうも』ウケる」
「ウケるかなあ」
「ウケるでしょ。『どうも』。……で、元気だった?」
「あ、うん、なんとか?」
「なんとか元気かー、よかったよかった」
「いや、うーん。本当になんとか、だよ。そちらは? お元気でしたか?」
「え、なんで敬語?」
「いや、距離感わかんなくて」
「だとしても遠すぎでしょ」
「そうか。じゃあ、タメ口で、いいですか?」
「はい。お願いします。こっちまで敬語になっちゃうし。ウケる」
「ウケるかなあ」
「ウケるって」
「じゃあ、えっと、元気にしてた?」
「もちろんもちろん! 元気だよー。何年ぶりだっけ? 2年?」
「いや、2年半。正確には、2年4ヶ月と、13日ぶり」
「こまかっ! え、なんでそんなこと覚えてんの?」
「いや、俺、昔からこういうこと、よく覚えてたでしょ」
「えー、そうだっけ?」
「ほら、付き合って100日記念とか」
「あー! やった! やったねえ。そうか。そういう人だったわ」
「忘れてた?」
「いや、私、記憶力あんまよくないんだって。だってあれ、かなり前じゃない?」
「付き合って100日記念は、ちょうど3年前かな」
「そうかあ、付き合って100日を祝ってから、3年後の世界が、今かあ」
「まあ、あのとき祝ってたのは俺だけで、君は嫌がってたけど」
「え、そうだっけ?」
「うん。『そういう重たいことされて喜ぶのって、高校生までじゃない?』って言ってた」
「あはははは! マジ? 私ひどくない?」
「いや、まあ、実際重かったんだよ、俺が」
「ウケる。当時まだ大学1年とかだったよね? 高校卒業したばっかじゃん」
「そう。俺、初めての彼女だったしさ、そういうの、当たり前だと思ってやってたんだよ」
「いや、いいよいいよ、今聞くと、逆にめっちゃいい」
「そう?」
「うん。付き合って100日を覚えててくれる彼氏、レアすぎ」
「まあ、あれから一度も祝えてないけど」
「え、あれから誰かと付き合った?」
「いや、付き合ってない」
「別れてから2年半、恋人なしかー。じゃあ、今はお互いフリーだね」
「えっ! 彼氏いないの?」
「うん。最近別れちゃった」
「え、なんで? なんで? なんで?」
「いやー、合わなかったから?」
「なにそれ、何が合わないの? どういう人?」
「どういう人ってムズいね? うーん、なんか、忙しい人?」
「何、忙しいって。バイトとか?」
「いや、社会人だから」
「え!? 社会人と付き合ってたの!?」
「うん」
「すごい。何歳? どんな仕事してる人?」
「いや、いきなり前のめりで聞くじゃん、ウケる」
「ウケないって」
「ウケるって」
「だって気になるじゃん。え、どんな人?」
「えー、なんか、イベント企画会社?」
「ええ、マジ、すご」
「ね、すごそうだよね」
「どこで出会うの、そういう人」
「なんか、恵比寿で飲んでたら声かけられて、イベントおいでよって言われた」
「え、ナンパじゃん!」
「やっぱりそうなっちゃう? いやだなあ。まあ、しょうがないか」
「いやいやいや、だって、え? ナンパについてって、付き合ったってことでしょ? そんなことある?」
「まあ、実際に、そうだったわけだからね?」
「えー、マジか……。え、どんなイベントだったの?」
「あー、その人、休日はDJやってて」
「DJ!? 社会人で、休日はDJ!?」
「いや、あくまでもイベント会社がメインだからね? DJは趣味ね?」
「趣味がDJの社会人……」
「え、なんでショック受けてんの、ウケる」
「いや、ウケないでしょ、これ」
「ウケるよ」
「え、それで? どうやって付き合ったの?」
「だからー、声かけてもらって、その日は彼の家に泊まって、次の日に、ふつうに付き合った」
「え、待って、会ったその日に泊まったの? それで、ふつうに付き合った? ふつうって何? ふつうじゃなく付き合うとかあるの?」
「待って待って、ウケる。なんかめんどくさい」
「いやいやいや、ウケないでしょ。だって気になるじゃん。なに? なんで別れたの? てかどのくらい付き合ったわけ?」
「付き合ったのは、3ヶ月くらいかなあ」
「あ、俺より短い」
「なんで急に嬉うれしそうなの」
「いや別に。それで? なんで別れたの?」
「うーん、やっぱりイベント関係の仕事だと、土日も休めないじゃない? たまに休みになってもDJとして出かけちゃうし。そういう生活スタイルだと合わないっていうか、付き合ってる感じが全くしないから、諦めたんだよねえ」
「ははあー、なるほどおー」
「難しいよねー人間関係って」
「いや、でも、すごいわ」
「何が?」
「いや、俺だけ、ただ置いていかれてるっていうかさ。大人の階段っていうか。俺、絶対にDJとかできないし、そもそも社会人じゃないし、もう経験値として明らかに大差つけられてるっていうか」
「いやいや、そもそも完全に違う人種じゃん」
「いや、違う人種だから、焦るっていうかさ」
「え、なんで張り合おうとしてるの? 良さの種類が違いすぎるし」
「張り合うっていうかさ、こっちは気にするじゃん」
「なにを?」
「まだ、やり直せるのかなとか、いろいろ」
「え!」
「いや、今日の感じで、無理だなあとは思ってるけど。てか、こんな再会してすぐに告白するつもりじゃなかったけど。でも、別れて2年4ヶ月と13日、その間ずっと、ヨリ戻したいとは、思ってたから。それは嘘うそじゃないから。本当に」
「だとしたら、重いよ、相変わらず」
「あああ、そうかごめん、そうだった。いや、押し付けたいわけじゃないんだけど。決して。断じて」
「押し付けなくても、重さは十分伝わるからね」
「そうか、ごめん」
「いや、うーん、なんていうか、嬉しいんだけどね? 大事にしてくれる人って、すごく貴重だから。ありがたいって思うんだけど」
「けど?」
「ほら、映画も、続編はツマラナイってよく言うじゃん。一度完結しちゃったら、もう続きは作らない方がいいってさ。なんかの本にも、そう書いてあったよ」
「でも、『バットマン』は2作目の『ダークナイト』が一番おもしろいって、この前インスタに書いてたよね?」
「ごめん、別れて2年半経たつ元カノのインスタ見るのやめてくれる?」
「あああ墓穴掘った死にたい。いや、ごめんなさい。たまたま見ました。本当に」
「ウケる」
「ウケないって」
「ウケるよ。そういうとこ好き」
「じゃあ付き合える?」
「それは別」
「なんでよ。続編だって、『ダークナイト』みたいな名作になるかもじゃん」
「そうだね。たまーに、そういうことはあるかもね」
「じゃあ、もう1回だけ、恋人としてやり直させてもらえませんか。直してほしいところあったら、全部直すから」
「……そっかあ」
「だめ? 厳しい?」
「いや、直してほしいところとか、なかったから。てか、そもそも、直せない部分にこそ、その人の魅力があると思うし」
「でも、付き合っては、くれない?」
「うん、嬉しいけど、そうやってね、私好みの人間になろうとする人は、今は求めてないんだなって思えた。私、しばらくは恋人とかいらないのかも」
「そっか。そっかあー……」
「いや、嬉しいけどね。てか、ウケる」
「全くウケてないでしょ」
「ウケてるって。ほんと、ウケる」
「なんなの、その、ウケるって」
カツセマサヒコ
『明け方の若者たち』での衝撃的なデビューから、2作目『夜行秘密』と人気作を生み出す小説家。ぐさりと刺さる人間模様やリアルな感情の描写に若者から熱い支持を集めている。執筆のほか、ラジオ『NIGHT DIVER』(TOKYO FM、毎週土曜26時~)など、多方面で活躍中。インスタグラムは@katsuse_m。昨年末には映画『明け方の若者たち』も公開された。
※この会話はフィクションです。
撮影/伊達直人
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