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服好きに支持されるブランドのデザイナーにフォーカス。彼らはどのようにしてデザイナーになったのか? コレクションを通して伝えたいことは何か? これから、どんなクリエーションをしていくのか? デザイナーの過去、現在、未来のストーリーをロングインタビュー。
第12回は静謐なモダンクローズにファンも多いスタジオ ニコルソンのニック・ウェイクマン。イギリス発のインディペンデントなブランドながら、青山に旗艦店をオープンする人気ぶり。現在はクリエイティブ ディレクターとなったニックの意外な経歴とは?
スタジオ ニコルソン デザイナー
ニック・ウェイクマン さん
イギリス、ノッティンガム生まれ。チェルシー・スクール・オブ・アーツのテキスタイル・デザイン科を修了。ディーゼル、マークス&スペンサーを経て、セレクトショップ「Supra Girls(スープラガールズ)」や自身のブランドBirdie(バーディ)で成功を収める。2年の休止期間の後、2010年にスタジオ ニコルソンを始動。
BRAND PROFILE
STUDIO NICHOLSON(スタジオ ニコルソン)
2010年にブランドを立ち上げ、2011年春夏コレクションでデビュー。ファブリックにこだわり、モダンかつ汎用性の高いデザインで「MODULAR WARDROBE(組み合わせ自在のワードローブ)」を提案。2017年秋冬からメンズラインをスタート。ファッション感度の高い人々に支持される。2023年7月14日、青山に旗艦店をオープン。
INTERVIEW
1_キャリアのスタート地点
ディーゼルでプリンターとして
ファッションのスキルを磨く
――ニックさんはデビッド・ホックニーなど有名アーティストをたくさん輩出している、チェルシー・スクール・オブ・アーツの出身ですよね?
ファッションだとイギリスではセントラル・セント・マーチンズが有名だけど、私はファブリックが好きでファッションを勉強したかったわけじゃなかったのよ。
――それでテキスタイル・デザイン科に。
私が生まれたときから、私の洋服はほぼ全部、母が縫ってくれたの。
――あるインタビューでは「仕立て屋」と書かれていましたが?
母はいわゆる専業主婦で、ただ洋服を縫うのが好きだった。ふたりで買い物に行ってどの生地にするか選ぶのが、子どもながらにとても楽しくて。それでファブリックが好きになりました。
――カレッジ卒業後はどのようにしてファッション業界に?
当時のボーイフレンドの父親がレンツォ・ロッソの知り合いで。
――ディーゼル創設者のレンツォさんと!
テキスタイルは好きだけど学校の授業は退屈だし、毎日行くのもつまらなかったので、ディーゼルに仕事があると聞いて即決して、イタリアに渡ったの。
――そういう経緯でしたか。経歴にディーゼルとあるのがスタジオ ニコルソンと結びつかなくて不思議に思っていたんです。
私が学生だった1991年とか1992年頃のディーゼルってスーパークールなブランドだったのよ! イノベーティブで魅力的なプロダクトをいろいろつくっていました。
――確かに。90年代のディーゼルは広告なども攻めたビジュアルで、日本でも感度の高い人たちに一目置かれていました。ディーゼルではどんな仕事をしていたんですか?
メンズスポーツ(カジュアル)ウェアのプリンターをしていました。Tシャツなどのグラフィックをコンピュータでデザインする専門的な仕事です。私はイラストレーター(グラフィックデザインソフト)を、ディーゼル時代にイタリア語で覚えたの。だから当時、ファッションデザイナーになるとは思っていなかったけれど、プリンターにはなるかもとは思っていた。
――ディーゼルでの経験で得たものは、大きかったと思うわけですね。
自分のアイデアでつくったTシャツを、とにかく大量に売るというディーゼルのコンセプトも好きで仕事をしていたんです。
2_最初のブランドのこと
ストリートスタイルのショップを
オープンしてBirdieを始動
――その後がマークス&スペンサー。
3年ほどしてイギリスに戻って、マークス&スペンサーに入社しました。メンズウェアチームに所属したんですが、ここでもいろいろなことを学んだわね。私が月曜日にデザインを終えたグラフィックをプリントしてサンプルを仕上げると、金曜日にはバイヤーが見にきて。どのプリントを何枚とオーダーしたものが、6週間後には店頭で売られていると。
――スピーディですね。
経営戦略的には面白かったんだけど、コンサバなブランドだったので、仕事そのものはそれほどエキサイティングではなくて。だから私は独立して自分のお店を出したの。
――そんな経歴があったんですね! お店はどこに出されたんですか?
ノッティングヒルよ。「Supra Girls」という店名で、オープンしたのは1999年? サイラス & マリアや当時盛り上がっていたスケーターブランド、日本のブランドもセレクトして。私自身も「Birdie」という自分のブランドを立ち上げて、そこで売っていました。
――バーディ…もしや鳥ですか?
好きだった映画(『Birdy』は1984年のアメリカ映画。カンヌ映画祭で審査員特別グランプリを受賞)からとりました。日本からもお客さんがたくさん来て、ひとりでTシャツを20枚とか買っていくような、クレイジーな時代だった。ある日お店にビームスの南馬越(一義)さんがやってきて、「Birdie」に大量のオーダーが入ったの。
――南馬越さんが? 90年代に「X-girl」など、女性向けのストリートブランドをピックアップしたバイヤーとして有名ですよね(現在はビームスの執行役員)。
そう。ストートウエアが人気を集めて一大トレンドになっていました。「Supra Girls」も大盛況だったけど、ビームスのオーダーが続いたので「Birdie」が忙しくなって。お店を閉じてブランドに専念しました。
――「Birdie」はいつ頃までやられていたんですか?
2009年くらいまでです。スタジオ ニコルソンとはほんのちょっとだけ似ているところもあるけれど、基本的にはまったく違うストリートウエアでした。
3_スタジオ ニコルソンの立ち上げ
メンズライクでシンプルかつ
上質な服をちょうどいい値段でつくる
――「Birdie」をやめた後、2010年にスタジオ ニコルソンを始めるまでは?
2年ほど休みました。その頃、日本にもよく遊びに来ていましたよ。自分の次のステップを考える時間でもあったわね。改めて洋服をつくろうと思って、ファッション業界の友人に今足りないもの、必要とされているものをヒアリングして、自分のクローゼットを眺めるとメンズのシャツやデニム、ベーシックなニットなどが多いことに気づいたの。
――ストリートの後にモードの揺り戻しがあって、時代はノームコアに向かっていました。
それで、今求められているのはこれじゃないかと。シンプルでコーディネートしやすくて、着心地のいい服。メゾンブランドの中にもメンズライクでシンプルないい服をつくっているブランドはありましたが、値段が高すぎました。ちょうどいい値段で、素敵な服をつくっているデザイナーは当時いなかったんです。
――フィービー・ファイロのセリーヌがシンプルで当時人気を集めていましたが、確かに高額で買いやすいものではなかったですね。ちなみにスタジオ ニコルソンというブランド名は、何に由来しているんですか?
私の祖母がとてもセンスのいい人で、彼女の本名はサラなんですが、みんなニックと呼んでいたの。スタイリッシュだった祖母へのオマージュでスタジオ ニコルソンにしました。母もそうですが、ウェイクマン家は女性がみんなおしゃれなのよね。
――メンズは2017年にスタートしました。メンズを展開しはじめた理由は?
もともとマスキュリンな服だったので、男性がスタジオ ニコルソンのウィメンズの服を買うようになって。「メンズをつくってほしい」という要望も増えたので、始めました。
――ウィメンズとメンズではつくり方も違いますよね。
全然違います。レディースはドレスやスカートとアイテム数も多いし、掘り出さなければいけないディテール、考えることも手間も変わってくるので、毎回2つ、別のことを並行してやっています。しかも常に3シーズンの仕事が重なっていて、例えば今は(取材した4月末時点)2023年秋冬のシーズンのビジュアル撮影と、2024年春夏のサンプルチェックをしていて、さらに2024年秋冬のムードボードをつくらければいけないという…。
――ものすごい仕事量!
ビジュアルもキャンペーン、ルックブック、オンラインストア用と、それぞれのチャンネルごとにつくっているので…。話すだけでも吐きそうになるわ(笑)。忙しくて大変で…どうやって毎日生きているのかわからない(笑)。
――スタジオ ニコルソンは現在、グローバルに展開されていますが、最初からグローバルを視野に入れていましたか?
そうですね。それはクリアでした。前のブランドのときはそこまで考えていませんでしたが、今回は道筋がちゃんと合っていると思います。
――デザインはどんな風にしているんですか?
今はクリエイティブディレクターというポジションなので、デザインはチームに任せています。私はテーマやコンセプトを考えて、ムードボードの素材を渡して、あとはそれを見ながらチームでミーティングを重ねていくの。最初に提案したこととアウトプットが違っていると困るので、できるだけミーティングには入るようにしています。
――今はチーム制なんですね。
デザインや生産管理など、だいたいいつも35人から40人くらいの人が動いています。メンズを始めた2017年頃は5人ほどでしたが、この5年で35人以上に。素晴らしい仕事をしてくれる最高のチームよ!
4_2023AWコレクション
テイストをMIXしつつ上質な
アイテムで品のよさを添える
――2023年秋冬のメンズコレクションのテーマを教えてください。
「Wardrobe Distraction(ワードローブ ディストラクション)」をテーマにしています。
――ワードローブの破壊、ですか?
持っている服のテイストをMIXしてコーディネートするイメージです。90’sのN.Y.のアーティストがしていたような、たとえばベーシックなジーンズにジャケットを合わせてハイ&ローの要素も取り入れたスタイル。
――イメージビジュアルでもそのスタイリングを提案しているんですね。
はい。カジュアルなスタイルだけど足元はスニーカーでなく革靴とか、スーツを着ているけれどインナーはTシャツというのも同じ文脈です。全部をカジュアルにするのではなく、上質なもので品のよさを添えるハイ&ローもキーワードになっています。
――コレクションの中で力を入れているアイテムはありますか?
イメージビジュアルの最初に登場するオリーブグリーンジャケットはすごく気に入っている。リラックス感のあるシルエットなので、秋の最初から冬本番まで、長い期間ラクに着られて、これひとつで品のよさが出せます。ジーンズも新シルエットです。
――ほかに2023年秋冬のハイライトはありますか?
日本に届いているサンプルだと、まずはこのダウンジャケット。めちゃくちゃ軽くてフィリングにはエコダウンを使っています。パウダリーなタッチのファブリックは、プラスチックを再生したリサイクル素材。私はこのフワッとしたタッチが大好きなの。
――SDGsなものづくりにも取り組んでいるんですね。
ポリエステルレーヨンの二重織りの素材はナチュラルな風合いですが、ストレッチが入っているので動きやすいの。今シーズンはロングシャツとワイドテーパードパンツを展開しています。あとはこのスポンジみたいな中綿入りファブリックのNIXEパンツ。はき心地のいいイージーパンツは、世界中で一番売れています。
――日本だとデニムやワイドパンツのイメージですが、こういうテック系もあるんですね。
コットンメリノのニットシリーズもいろいろなカラーで展開します。私たちはフィッシャーマンズリブと呼んでいるの。あとはこのデニムジャケット。今季はドレッシーなスラックスに合せるハイ&ローの着こなしを提案しています。以上6点が私のお気に入りよ。
――ひとつポケットのデニムジャケットは今までにも展開されていますよね。カラーリングがアップデートされているようですが…。これは定番アイテム?
確かに過去に登場していますが、定番ではないですね。スタジオ ニコルソンでは常にストックしている製品をcontinuity(コンティニュイティ/継続商品)と呼んでいます。現在はデニムパンツ2型とトラウザー2型、トレンチコートの5アイテムあります。
――continuityはブランドスタート時からありましたか?
この5年くらいです。常に欠品しないように大量の在庫を抱えることにはリスクもありますが、そのリスクもチャンスととらえてビジネスにつなげたいんです。
――単純に需要があるからつくる、ということではないんですね。
私自身はとてもクリエイティブだし、自分をひとりのアーティストだと思っていますが、服は売れないと意味がないでしょう? 自分がつくったものをすごく「欲しい!」と思ってもらえることがしあわせだし、そういうものづくりがとても楽しいの。continuityはそのひとつの形です。
――クリエーションのインスピレーションになっているものは何ですか?
映画が好きなので、映画のキャラクターをモチーフにすることはあるわね。ロンドンにいる週末はずっと映画を見て過ごしています。今の映画じゃなくて、おもに70年代から90年代の映画。
――例えばどんな映画?
『オーメン』は洋服がすごいシックで…。
――恐怖映画の『オーメン』(1976年に制作されたアメリカのホラー映画)?
そう、ファッションが最高に素敵なの。あとは『キリング・フィールド』(カンボジア内戦を描いた、1984年制作の英米合作映画)も話は最低だけど「このシャツいいわ」と思いながら見たり。1970年代半ばから80年代初期にいい作品が多いのよね。
――ストーリーではなくてファッションを見ているんですね。メンズ・ファッションのアイコン的存在はいますか?
ジェレミー・アイアンズや80年代のロバート・デ・ニーロ、キアヌ・リーブズもいいわね。キアヌはいつも、何を着ても素敵です。
5_スタジオ ニコルソンのこれから
サステナブルなものづくりが理想
――7月14日、青山に旗艦店がオープンします。今回その準備ということでニックさんも来日されました。現在スタジオ ニコルソンの店舗はいくつあるんですか?
ロンドンに2店舗、それから韓国に2店舗あります。日本は5店舗めになります。
――韓国に2店舗も!
スタジオ ニコルソンは日本でよりも、韓国のほうが有名かもしれません。
――そうなんですね。店舗のインテリアなどは地域によって変えていますか?
全部いっしょです。レイアウトは違いますが、インテリアはまったく同じよ。
――置かれている商品は?
違いますね。例えば韓国ではベージュ、グレー、白といった色が人気なので、そういったカラーを意識的に置いたり。
SHOP DATA
STUDIO NICHOLSON AOYAMA
住所:東京都港区北青山3-7-10 M.T.ビル 1F
TEL:03-6450-5773
営業:11:00~20:00 無休
――日本ではメンズのほうがウィメンズよりも人気がありますよね。
そうですね。ヨーロッパではウィメンズのほうが売れています。トータルで見ると50:50かしら。最近は中国も大きなマーケットに成長しているの。エリアによって、売れるものが違うので、それらの違いも鑑みながらデザインを決めています。
――日本のショップはメンズの比重を高くしますか?
オープン時は商品構成の男女比は同じにします。私は日本がとても好きだから、1999年に初めて東京を訪れたときから、自分の店を出すことはひとつの夢でした。今回実現できて、とてもうれしい。
――ニックさんがファッションにおいて大事にしていることや、将来的にやりたいことは何でしょうか?
ファッションと言われると少し違和感を感じるのよね。私にとってはクロージングが大事だから。将来的にはカーボンフットプリントをできるだけ減らして製品をつくること。それから100%サステナブルでトレーサブル(生産者を追跡できる)な製品をつくりたいの。それが当たり前という状態にしたい。
――SDGsにかなり深く取り組んでいるんですね。
「私たちは環境に配慮しています!」というようなメッセージを声高にうたわずに、実践したいのよ。今もエコデニムをはじめ、カテゴリーによって違いますが、50~90%はリサイクル素材を使っています。オーガニックのテキスタイルに関してはGOTS認証(Global Organic Textile Standard/オーガニックテキスタイル世界基準)を取ったり。私自身が何かをつくるときに、罪悪感を感じたくないから、そこはしっかり貢献していきたい。
――オリジナルファブリックも多いですか?
テキスタイルメーカーと協業してつくることも増えてきましたが、オリジナルはまだ半分くらいかしら。
――サステブルに関しては日本もだいぶ意識が高まってはきていますが、やはりヨーロッパのほうが規制も厳しいし、先進的ですね。
環境に配慮してものをつくることはとても大事よ。何かをつくるという行為はカーボンフットプリントを増やすことではあるし、注意していても100%はできないことが多いけれど、考えることはとても重要だと思う。そしてやれることは、しっかりやっていかないとね。
Photos:Kenta Watanabe(portrait&report) Composition & Text:Hisami Kotakemori
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