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服好きに支持されるブランドのデザイナーにフォーカス。彼らはどのようにしてデザイナーになったのか? コレクションを通して伝えたいことは何か? これから、どんなクリエイションをしていくのか? デザイナーの過去、現在、未来のストーリーをロングインタビュー。
第3回はSNSを駆使して情報を発信し、オンラインやポップアップストアで少数精鋭のプロダクトを販売するシアージのニコラ・ユタナン・シャルモさん。ファッションアイコンとしても注目される気鋭のデザイナーによれば、パリのファッションは終わっている!?
ニコラ・ユタナン・シャルモ
1995年、パリ生まれ。パリのファッションスクールを卒業後、ナイキ パリのショップスタッフ、ファッションブランドの代理店のアシスタントなどを経て2017年に来日。1LDKを経て、2018年にシアージをスタート。フォトグラファーとしても活躍中で、インスタグラム @yuthanan__ で発信する自身のスタイルにはファンも多く、現在のフォロワー数は11.8万人。
パリ生まれのパリ育ち。
10代から日本に憧れる
――ユタナンさんはパリ出身とのことですが、どのエリアですか?
生まれたのはパリの11区。日本でいうと中目黒みたいな感じ。僕が子どもの頃はゲットー(マイノリティの密集居住地区)だったけれど、そこで育ったのはすごくよかったと思う。僕自身がフランスとタイのハーフであるように、まわりもアフリカンとのハーフとかハーフだらけ。いろんなカルチャーに触れて、多様性を受容しながら育ったんだ。
――いつ頃から日本に関心を持つように?
ファッションに興味をもってパリのファッションスクールに進学したんだけど、当時いちばんクールなのは日本のファッションというのがおしゃれな人の間では定着していた。僕自身もネットで日本のアパレルサイトなどをチェックしていたから、日本に行きたい! と思うようになって、学校を卒業した20歳のときに観光で日本にやってきた。
――2015年の東京というと、ノームコアの時代でオーラリーやコモリといったブランドが注目されはじめていましたね。
ファッションはもちろん、カルチャーも人も、すごく自分に合っていると感じて「日本に住みたい!」と真剣に思った。パリに戻ってからはその資金を貯めるために、ナイキ パリでバイトして、並行してアイヴァンやポーターのフランス代理店でアシスタントとしても働いた。パリのファッションウィークのときなんかは、昼はナイキで働いて、夜はアシスタントの仕事と、2年間めちゃくちゃハードに働いたよ。
――ユタナンさんのスニーカー好きはその頃からなんですね!
ナイキ パリのボスは1970年代に初めてナイキ ショップのスタッフになった伝説的な人で、スニーカーへの情熱やたくさんのことを教えてくれた。彼は当時60歳で、僕は20歳だったけど、今もいい友人。
――1LDK パリができたのもその頃ですよね?
そう。僕はパリの1LDKの顧客で、そこで関(隼平)さんと知り合って、パリのお店を手伝うようになった。「実は、日本で働きたいんだ」と相談したら、三好(良)さんを紹介されて。
――今はファッションインプルーバーとして東京とフランスの架け橋として活動している関隼平さん。当時は1LDKのゼネラルマネージャーでしたね。
いろいろなことを考えたけど、日本で働くなら1LDKがベストだなと思った。それで2017年に日本に来て1LDKに勤めて、インターナショナルマーケティングやブランディングに携わったんだ。在籍期間はパリと合わせてトータル8か月ほどと短かったけど、三好さんや当時の仲間とは今もいい関係が続いているよ。
SNSのフォロワーが増え
ハカマパンツで始動
――2018年にはシアージを立ち上げています。どんな経緯でスタートしたんですか?
僕はジュンヤ(ワタナベ)もオーラリーもコモリも大好きだけど、身長185m、90gという体格で着られる服はほとんどない。だから最初は、自分のために服をつくろうと思った。そう思っていたら、自分のアイデアを形にしてくれる友人に出会って。
――なるほど。生産を担当してくれるパートナーを得たと。
それと1LDK時代から僕は自分の着こなしや興味のあるものをインスタグラムで発信していて、2018年にはフォロワー数が7000人を超えていた。それでいちばん最初に、自分がはけるハカマみたいな超ビッグシルエットのパンツをつくったの。それをSNSで告知して、メインデンズショップとかのポップアップで販売して…。
――そのエピソードで思い出しました! 「シアージというパンツだけのブランドがすっごくカッコいいんだけど、ポップアップでしか買えない」って。3~4年前におしゃれな美容師さんが教えてくれて、連絡先を探したけれど、たどり着けなかった。
当時は販売の導線がインスタしかなかったからね。ある程度まとまった数をつくって、基本的にはポップアップショップで売り切るという形でやっていた。そこで買えなかったらあとはオンラインで買うしかない。
――そのゲリラ感もちょっと話題になっていましたよね。
本当のいちばん最初は、オンラインショップ。自分がはくためのパンツだったから1サンプル1サイズだけつくって、完全受注制でスタートした。これなら投資なしでゼロからできるからね。日本、香港、タイから全部で24本のオーダーが入ったんだ。東急ハンズで資材を買って、手書きでサインを入れて、郵便局に行って発送していた。懐かしい(笑)。
――最初の資金をオンラインでつくってポップアップにつなげた。見事ですね。
そのうち2アイテム、3アイテムと商品が増えていって…。ポップアップで顧客とつながって信頼関係を築いてきたことが、その後のオンラインのセールスにつながった。やっぱり人は財産だからね。初期のお客さんが丸3年たった今も新しい商品を買ってくれる。そうやって続けていたら、インスタのフォロワーがどんどん増えてきて。今は11.8万人、シアージは4.3万人。シアージのほうには僕のブランドとか書いてないから、僕とシアージがつながっていないフォロワーもいる。
学生時代に決めていた
Sillageというブランド名
――ブランドを立ち上げたときからシアージというブランド名をつけていました。由来を教えていただけますか?
Sillage(シアージ)というのはフランス語で、匂いが過去の記憶を呼び起こす感覚を表す言葉なんだけど、学生時代に自分が何かものをつくるようになったら、ブランド名は「Sillage」にしようと決めていた。「どうして?」って理由をきかれても、わからないけど。
――「航跡」とか「通った跡」という意味が転じているんですよね。すごくしゃれた名前ですね。
日本に来てから、僕はパリにいるときよりもずっとクリエイティブになった。写真を撮り始めたのも日本に来てから。もともとは自分のインスタにクオリティの高い写真を投稿したいというモチベーションからなんだけど、プロ用の機材を買って独学で勉強して。
――シアージの写真もユタナンさんが撮影しているんですよね?
そう。それ以外にも雑誌やウェブメディアで、純粋にフォトグラファーとして仕事をしている。僕は車も好きだから2019年にア ベイシング エイプとF1のコラボを撮りに、鈴鹿サーキットに行ったときは興奮した! 出張撮影のためにリモワの70年代のヴィンテージカメラケースも買ったんだ。すっごくカッコいいんだけど、重すぎて(笑)。旅行に持っていけないのが残念。
――日本に来てからは「水を得た魚」状態(笑)なんですね。
日本は僕の人生を変えたね。日本にいると、どんどんアイデアが湧いてくるもの。
ファッションに対して
情熱のある日本が好き
――ファッションといったらパリ、というイメージが日本人にはありますが…。パリにいるとアイデアが湧くという日本人デザイナーも多いと思います。
日本はフランスよりもおしゃれな人の絶対数が多いよ。ブランドやファッション全般への興味も高いし。SNSやファッションニュースを見ていれば、それはすぐにわかると思う。僕はアニメ好きなオタクではないけれど(笑)、日本のライフスタイルがすごく好きで憧れていたんだ。パリは流行のサイクルがすごく早くて、日本は(ファッションにおいては)ラッシュがないし、パリに比べて平和。
――ビッグメゾンの中心地ではあるけれど、ファッション全般は停滞しているという話も聞いたことがあります。特にパリはストリートファッションは不毛だと。
1LDKができるまでマイナーだけど良質なブランドを丁寧に紹介するようなセレクトショップは、パリにはなかったんだ。パリはビッグメゾンにはいい街かもしれないけれど、インディペンデントなブランドが成長できるような環境はないね。それからマインド的な意味でフランス人は洋服を大切にしない。
――え?? 『フランス人は10着しか服を持たない』(2017年にベストセラーになった本)っていうのは、洋服を大事にするからじゃないの(笑)?
フランスではファストファッションの「買って、着て、ハイ次!」ってサイクルが確立していて、大半の人はそれに乗っているよね。それに比べると日本人は感性が豊かで、服に対して愛があるし、ファッションに情熱がある。
――フランスにもおしゃれな人はいますよね?
カッコいいやつはめちゃくちゃカッコいいけど、ごく少数。僕の友人のような小さいグループでしかない。Last Survival(笑)。実際フランスを離れてしまった友人も多いし。パリのファッションは終わっている感じがする。
――Paris is Dead.ですか?
フランスは大好きだけど、ファッションに関しては違うかな。ただ、多様性という面ではフランスだね。「カタールの大金持ちのお姫様を接客して1着200万円のドレスを売る」みたいな経験は、日本ではあり得ないでしょう? (笑)
今着たいもの&欲しいものを
自分サイズですぐつくる
――シアージはB to C(Business to Consumer/消費者に直接商品を提供する業態)ブランドということですが、どんなサイクルでものづくりしているんですか?
シーズンごとに洋服をつくるのではなく、今着たいものをつくっている。今(2021年12月末)企画しているのは3月には商品として販売するもの。このファッション業界の流れとは違う遅さ?(笑)
――逆に超スピーディということですね。ランウェイショーをやっているようなブランドだと、商品が発売される1年以上前に企画がスタートしますから。
シアージにはシーズンテーマとかはない。今何着たい? 何欲しい? それが大事。だから仕事もめちゃくちゃ早い。ブレーンストーミングで、いくつかのキーワードをもとに素材選びなんかをして、10分でデザインが完成する(笑)。マーケットもファッションサイクルも気にせず、ただ自分のために洋服をつくっている。全部自分のサイズでつくれるから、今はすごいしあわせ。
――サイズ展開とかもない?
ない。オールユタナンサイズ。Fine clothes for me!(笑)
――インスピレーションやアイデアはどんなところから?
全部好きなものから。例えばラーメンの「アフリ」。ここのつけ麺が大好きなんだよね(笑)。それでコラボしたんだ。5月には中目黒のネパールレストラン「アディ」とのコラボアイテムも登場するよ。フード以外のプロジェクトでは、アーティストとのコラボや、車も好きだから2022年の春夏は車のシリーズも出す予定。車は去年、念願の2008年製「ディフェンダー110」を買ったんだ! 去年の夏のサファリシャツでは動物といっしょにモチーフになっている。
――好奇心の塊ですね!
このサファリシャツは去年、すっごく売れたアイテムのひとつで、1LDK時代からの友達の画家、依田直之さんに絵を描いてもらったアーティストシリーズのもの。僕は動物も大好きなんだ。依田さんにはこの後も、ポーラーベアの刺しゅうニットキャップで絵を描いてもらっている。
常にユニークであり続け
いいモノだけをつくりたい
――ユタナンさんにとってファッションとは何ですか?
ユニークであること。独自性だね。僕は自分がファッションで見つけたユニークなものをシェアしたいと思ってつくっているコレクションもある。「メイド・ウィズ・アンティークマテリアル」というプロジェクトでは、1940年代のアーミッシュのキルトやインディアン刺し子なんかをSNSを駆使して、自分たちのコネをすべて使って集めて、シアージの洋服にしている。僕が今着ているベストもそのシリーズ。
――確かに、現代のファッションシーンに、こんなキルトの服はないですね。
10月に立ち上げた「アーティザナルコレクション」も、発売してすぐに完売した。これはちょっと実験的なコレクションでもあるんだけど、まずヴィンテージのアーミージャケットを細かいピースに切って、ランダムに縫い合わせて大きな生地をつくるんだ。それからその生地で洋服をつくる。ひとりの職人にやってもらっているんだけど、アーミーシリーズのあとはフレンチワーク。ブルーのユニフォーム古着を集めて、同じ手法で服をつくった。
――解体再構築とはまた違うリビルドの手法! キルトシリーズにも通じるコレクションになっていますね。
エコフレンドリーな取り組みはサステナビリティにもつながるし、シアージの顧客は一点モノ=オンリーワンを求めている。だから僕は、常にユニークでありたいと思う。
――ファッションを通して伝えたいことはなんですか?
Be yourself. 自分らしくあれということかな。有名ブランドのロゴには安心感があるけれど、考えるのをやめちゃダメだと思う。高いお金を払ってロゴを着るのではなくて、いろいろ考えて、ロゴなしで自分のスタイルをつくったほうが絶対楽しいはず。ブランドとか流行とか気にしないで、自分が好きなものを好きなように着ればいい。
――これからトライしたいことはありますか?
シアージのDNAを大切にして、自分らしく面白いことをやり続けていきたい。それから常にいいアーティストとコラボレートしたい。大きな成功、NO.1を目指さないで、Stay small. サポートしてくれる人たちと、これからもいい服をつくっていくだけ。
BRAND PROFILE
Sillage(シアージ) 春夏、秋冬というシーズンではなく、今つくって、すぐに販売するというBtoCスタイルを現在も踏襲。昨年からスタートした古着をアップサイクルするアーティザナルコレクションの最新作が3月に発表された。初夏に向けては車をモチーフにしたアイテムが登場する。
HP / インスタグラム
Photos:Kenta Watanabe(portrait&report) Composition & Text:Hisami Kotakemori
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